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August 18, 2019

エドワード・ルトワック「日本4.0―国家戦略の新しいリアル」読後感

 戦後日本を守って来たのは「同盟による抑止」。しかしこれが通用しない相手、むき出しの脅威である北朝鮮の出現によって、どうやってこの国を守れば良いのか? その答えが「日本4.0}であると言う。

<日本人は戦略的変身の天才? 見事な江戸幕府システム>>
 「日本4.0」とは何か? 日本人は「日本人は戦略下手だ」とのコンプレックスにとりつかれているが、日本人は戦略下手どころか、極めて高度な戦略文化を持っていると言う。日本人は常に一つの完全な戦略システムを造り上げてきており、しかも、そのシステムが危機に直面するたびに、新たに包括的なシステムに更新してきた。
 先ず「日本1.0」では徳川家康という最高レベルの戦略家が江戸幕府と言う完全なシステムを構築した。このシステムの凄いところは内戦をほぼ完ぺきに封じ込めたことである。それまで群雄割拠した戦国大名を温存したまま、彼らを完璧にコントロールするシステムを造り上げた(もし大名たちを全て潰そうとしたら内乱が何時までも続いたであろう)。親藩、譜代、外様を見事に配置したのに始まり、街道・関所の整備と管理、参勤交代などの包括的システムである。これが「江戸システム=日本1.0」である。

<「明治システム」への変身も世界に例がない>
 それに続く「明治システム」=「日本2.0」では黒船=西洋近代と言う強大な勢力の挑戦を受け、日本人は江戸システムを捨て、全く新しいシステムを選択した。西洋の挑戦を受けたのは日本だけではない。しかし非ヨーロッパの国で、包括的な近代化を達成したのは日本だけだった。日本の近代化は、政治制度、経済、軍事、教育、服装、髪型まで、社会全体に及んだ。中でも武士が自分の特権を否定する近代的な軍隊への転換を主導したことは画期的だった。

<日本3.0=戦後システム=経済立国は大成功>
 そして、1945年日本はまた新しいシステムを発明した。この「戦後システム」の特徴は、弱点を全て強みに変えた点にある。アメリカは日本に帝国陸海軍の再建を禁じた。これは近代国家としての存在を危うくするものだったが、日本政府は「これからは軍にカネをかけるのではなく、経済にカネを回そう」と経済を軸とする国づくりに転進した。日本人は貧困の川を渡り、世界第二の経済大国を造り上げた。
 ここで重要なのは日本が潔く敗北を認めたことだった。敗北を認められない国は少なくない。パレスチナやアラブ諸国は1967年の第3次中東戦争で失ったヨルダン川西岸を返してくれ要求していて、和平交渉が行き詰まっている。明治時代に日本に植民地化された韓国は帝国主義時代の厳しい国際環境での行動に問題があったことを潔く認められず、被害者意識に凝り固まって、日本を非難して、うっぷんを晴らしているところに、日韓関係が新たな未来へと踏み出せない原因となっているのではないか?
 1945年の日本は敗戦の直後から次のシステム作りに動き始めた。台湾や朝鮮半島の喪失を叫び続けていない。それによって、日本は国を救い、国民を救い、結果的にその伝統を守ることが出来た。
 「戦後システム=日本3.0」は軍事的敗北を経済的勝利に帰ることが出来たシステムである。このシステムで最も重要な省庁は「通産省」だった。日本経済・産業の立て直しが最も重要な課題だった。
 軍事的に大きな制約を受けた戦後日本は、安全保障の軸を日米同盟に求めた。日米同盟こそが「戦後システム」の前提条件だった。そこで日本は「同盟メンテナンス」を忠実に実践してきた。
 これは冷戦時代にはソ連を抑止し、今も日本にとって有効に機能している。近年の中国の台頭に対しても、アメリカの核兵器は中国への抑止力になっているし、自発的に始まった「反中同盟」は日本、インド、ベトナム、インドネシアと言った国々と関係を強化している。

<抑止のルールが効かない北朝鮮危機は先制攻撃も必要に>
 しかし日本は今また新しいシステムを作る必要に迫られている。それは「同盟」を有効に使いつつ、目の前の危機に素早く、実践的に対応しうる自前のシステムである。それは江戸、明治、戦後に続く「日本4.0」だ。そのフィールドは北朝鮮の脅威、米中対立を軸とした「地経学」的紛争、そして少子化社会である。
 北朝鮮による核の威嚇には抑止の論理が効かない。それは予測不可能な武力である。
それはもっとも重要な貿易相手国であったマレーシアで腹違いの兄を殺して、この大切な関係をぶち壊してしまった。
 米朝の非核化交渉は成功するという確証は何処にもない。北朝鮮のように「抑止のルール」の外側に出ようとする国家に対して必要なのは「抑止」ではなく防衛としての「先制攻撃」である。先制攻撃を具体的に言えば、北朝鮮の全ての核施設と全てのミサイルを排除すること、即ち軍事的非核化である。その為には今まで「同盟メンテナンス」のツールだった自衛隊を進化させ、「作戦実行」のメンタリティーに移行することだ。そのために今から爆撃機を導入したり、ミサイル開発と言った時間がかかり過ぎる無責任な政策を選択すべきではない。空自が多数保有しているF-15戦闘機を改装してミサイルを搭載出来るようにすればよい。イージス・アショアの導入は時間がかかり過ぎる。設置される6年後には時代遅れになりかねない。
 更に差し迫っているのは「少子化問題」である。人口減少は国家にとって真の危機である。そもそも将来の納税者が減少すれば近代国家は衰退するしかない。子供がいなくなれば安全保障の論議など何の意味もない。国家の未来も子供の中にしかない。どんな高度な防衛システムを完成させても子供が減り続けている国が戦争に勝てるだろうか? 日本が最も優先すべき戦略的な施策は「無償のチャイルド・ケア」である。

<自衛隊進化論>
 自衛隊は「戦後システム=日本3.0」の中で、その主要任務を担ってきた。それは「同盟メンテナンス」を忠実に実践することである。アメリカに対して「安全保障のFree Rider」ではないという姿勢を保ってきた。しかし、そこに北朝鮮のような「抑止のルール」が効かない脅威が出現した。北朝鮮から攻撃される危機に直面した場合には、国連軍の出動を要請することなど全く無駄である、安保理によるセレモニーで時間を空費するだけである。差し迫った危機の場合「国際社会の世論」など全く役に立たない。1992年サラエボがセルビヤ人勢力に包囲され、1万人の死者を出したが、何処も介入しなかった。北朝鮮のようなむき出しの脅威に対しては、日本は自力で、自らの責任で、自国の安全保障を最優先させなければならない。そこで必要とされるのは「作戦実行のメンタリティー」である。北朝鮮にはまともな防空システムを持っていないので、空からの攻撃になす術がない。F-15戦闘機の改装など、日本は防御のための先制攻撃能力の獲得が喫緊の課題なのである。
 また自衛隊には先制攻撃に失敗しない為には現地情報をとって来る機関としての特殊部隊が必要だ。特殊部隊とは小規模で、目立たず、効果的な組織でなければならない。そこで求められるのは、支援のない状態で自律的に行動できる能力、リスクを恐れない精神である。モデルとすべきはイスラエルの特殊部隊であり、只管にリスクを回避し、犠牲を出さないことをモットーに肥大化した米軍の特殊部隊ではない。冷戦後、ナポレオン以降、両世界大戦までの国民を動員して「偉大な国家目的のために戦われる」総力戦としての戦争は姿を消し、冷戦時代を経て戦争の文化が変わってしまったようだ。言わばPost Heroic War、即ちリスクとその責任を回避する戦争のあり方が、現在では行き過ぎてしまい、却ってコストと被害を増大させるというパラドックスに陥ている。勝利と言う目的は得たいのに、リスクと言う代償は払いたくない。しかしそれは実際には莫大なコストがかかり、犠牲が増える可能性すらある。軽減されているのは指導者の責任だけだ。自衛隊を進化させるにあたってはこのパラドックに陥ってはならない。
 また冷戦後の世界は、軍事を中心とした地政学の世界から、経済をフィールドとする地経学の世界に軸を移しつつある。それは「貿易の文法」で展開される「紛争の論理」であるという見方も示唆的である。 
 

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Clinton「大統領失踪」読後感

第42代大統領Bill Clintonと売れっ子作家James Pattersonとの共著"The President is Missing"を上下2巻を1週間で読み終えた。帯の宣伝に「元大大統領の実が知りうる知識と世界的ベストセラー作家の技量が合わさって生まれた唯一無二のエンターテインメントと言う触れ込みだけに、興味は尽きず、面白く、息をつかせなかった。2018年6月に原書が米国で発刊されると同時にベストセラー第一に躍り出て、その後数週間1位の座を守り続けたという。それが昨年2018年末の12月15日には日本語の翻訳初版が早川書房から発行されると早業にも驚いた。

<大統領突如失踪>
 物語は主人公ダンカン大統領が国際的なサイバーテロ組織<ジハードの息子たち>の指導者スリマン・ジンドルクと内通した嫌疑で弾劾裁判にかけられそうになると言う窮地の中で、アメリカ全土を機能不全に陥れるサイバーテロから祖国を守るために、ある協力者に姿を隠して命を狙うテロリストの餌食になりかねない危険をも顧みず、1人で会いに行くという挙に出る。

<サイバーテロとは何か?>
 このサイバーテロ攻撃が完全に成功するとどうなるのか、本書を読む前はイメージが湧かなったが、サイバーテロが米国のサイバーネットに送り込んだウィルスはワイパー型と呼ばれるもので、IT機器に入っている全てのソフトウェアを一掃する(Windows10やMacOSなどのOrerating Softが動かなるとPCは全く機能しなくなる)。PCもルーターも機能しない「でくの坊」のただの箱になってしまう。それはDark Age暗黒時代だ。このウィルスが動き出せば「米軍は戦力を失い、金融機関の全ての情報とバックアップデータは消え、配電網と伝送ネットワークは破壊され、給水や浄水の設備は壊滅し、携帯電話は使用不能に陥り、空港管制や鉄道運行システムや病院の機能も麻痺する。他にも様々な惨禍が起こる。その結果、多くの人命が失われ、あらゆる世代の健康が害され、世界大恐慌以上の経済混乱がもたらされ、全国大小の地域で暴力と無秩序がはびこる。その影響は全世界にひろがり、瓦礫の山を元に戻すのに数年を、経済と政治と軍隊が立ち直るのに10年、20年を要することになる。
 最近全ての機器がインターネットで繋がるIOT(Internet of Things)の便利さが喧伝され、TV、エアコン、風呂、など全ての家電機器がスマホやスマート・スピーカーで操作できるというが、その便利さ(それ自体一つ一つは大した便利さではないと思われるが)に幻惑されて、全てをネットに依存してしまう危険はないのだろうか? かつてはデータをPCやネットに保存しても、台帳や紙の上のカルテなどが最終的な保存媒体とされていた思うが、今は如何なっているのだろうか? 便利さが即ち脆弱さと隣り合わせの危険な領域に踏み込んで終おうとしているのではないかかと危惧される。
 ダンカン大統領はそのサイバー空間の広がりと脆弱さを完全に理解していたが故に、果敢にも自らに迫る危機を顧みず、果敢にもこのテロ攻撃に立ち向かい、側近の協力を得て、タイマーが仕掛けられたワイパー型ウィルスの起動を10秒前に抑え込み、無力化に成功する息詰まるようなストーリーだ。

<陰謀渦巻くホワイハウスの内幕>
 しかも途中で国家安全保障を担当する少数の閣僚や側近しか知らないサイバーテロの暗号名"Dark Age"が外部に漏れていたことが発覚する。裏切り者を身近にかかえての作業は困難を極める。ホワイトハウスの内部に大統領を陥れ、解任に追い込もうという動きや副大統領に疑いの目向けさせ、自らがそのポストを狙おうとする陰謀など渦巻いている。現実のホワイトハウス内部もそのような権力欲の渦巻く世界なのだろうか?

<米国の真の友人は?>
 ダンカン大統領は秘密の作戦指令室に移って、ウィルス無力化作戦に取り掛かる。そこに大統領の要請に応じて、駆け付けたのはドイツとイスラエルの首相、ロシアからは大統領の代わりに首相が来た。専門技術者集団を引き連れてやってきたイスラエルとドイツはこの作戦に貢献したが、ロシアは邪魔こそしなかったが、大した貢献はしなかった。
 サイバーテロ組織<ジハードの息子たち>は密かにウィルスを米国のネット網に仕掛けると同時に、そのウィルス起動に邪魔が入らないように、大統領の秘密の指令作戦基地に暗殺団を差し向ける。腕利きの暗殺用兵たちを動員するには莫大な資金がいる。何とその黒幕はロシアとサウジアラビアの反国王派の王族だったということが後日判明する。
 両者は米国を核兵器でとどめを刺すことまでは望まず、アメリカの弱点を突いて深刻な痛手を与えたかった。そうすることによって近隣諸国を好き勝手に締め付け、他の地域を威嚇して影響力を及ぼす自由を得たかったのだ。
 それにしてもこの小説には日本も中国も全く登場しないのは面白い。アメリカの真の友人はドイツとイスラエルということなのだろうか?

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