クライド・プレストウィッツ「近未来シミュレーション2050日本復活」読後感
著者のクライド・プレストウィッツは1940年デラウェア生まれ。ハワイ大学東西センター修士課程修了。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA、その間慶応大留学。
国務省、民間企業、商務省、レーガン政権下で商務長官特別補佐官として、日米貿易交渉にあたる。現在、経済戦略研究所長を務める知日派である。
この著作は経済・政治予測と言うよりも、むしろ日本に入れあげた知日派の著者の「日本にこうあって欲しい」と願う近未来小説と言うべきであろう。
<2050年の東京>
主人公は2050年、超音速ジェット三菱808機(ボーイング社は倒産、三菱重工に買収された。世界の大手航空会社の長距離路線は三菱808の独り舞台だ)に搭乗し、35年ぶり東京羽田空港に降り立つ。羽田は今や成田に代わる東京の表玄関になった。都心まで30分。無人自動車や高速鉄道が都心へ運ぶ。入国審査も通関手続きもない。すべて機内で審査されている。飛行機を降りると彼の荷物を積んだロボットが迎えてくれる。
日本は風力や太陽光、潮流、海流、メタンハイドレートなどさまざまな低コストのエネルギー資源を開発し、そのエネルギーを貯めておく装置も開発した。日本はエネルギー輸入を必要とせず、完全なエネルギー自立を果たしている。
東京には1000メートルを超す高層ビルが林立している。世界一の日本の耐震建築技術の発達と、炭素繊維を芯に使ったウルトラロープのお陰である。ウルトラロープのお陰で1000メートルの高さまで1本のエレベーターで行けるようになった。
ホテルに着くとホテルマンが非の打ちどころのない美しい国際英語で出迎えてくれる。 近年治療目的で来日する外国人が増えている。損傷を受けた神経や機能不全の手足を修復する再生医療など最先端の治療法を求めてやってくる医療関係者もいる。
アフリカのマリで開かれたオリンピックでは日本選手団は80個の金メダルを取った。日本人の体格も向上し、コーチ陣も優秀、全く新しいトレーニング方法を生み出した。ヨットの「アメリカン・カップ」は「ヤマト・カップ」と改称した。
日本は全人口と労働人口が増加し続けている数少ない国の一つだ。特殊合成出生率は2.3人。人口置換水準の2.1人を上回っている。
高等教育を受けた専門性の高い技術を身につけた移民も増えた。オフィスにいる幹部のほぼ半分は女性や外国人となっている。
日本のビジネス・スクールが進化し、世界最高峰となった。トップ3は一橋大、慶応大、京都大で、4位に欧州のINSEADと続き、ハーバードはベストテンにすら入らない。
戸建て住宅や集合住宅も大きくなり、瀟洒な造りとなった。広々とした居住空間は一般家庭にも住み込みの家政婦や介護ヘルパー用の部屋を設ける余裕を生んだ。
<2017年の危機と日本再生委員会>
このバラ色に未来図に比べて、2017年の日本は悲惨な状態にあった。アベノミックスは行き詰まり、中東情勢は緊迫しイランと湾岸諸国のとの紛争が激化し、ホルムス海峡が封鎖され、原油価格は300ドルに跳ね上がる。また中国海警が尖閣に上陸。沖縄には独立運動が激化する。挙句は日本の戦後経済成長のシンボルであったソニーがサムスン電子に吸収される。
今、日本が直面しているのは明治維新と敗戦後の日本が経験した、国の存在そのものが脅かされる危機に直面している。こうした自覚から2017年5月国会は第二の「岩倉使節団」=特命日本再生委員会を創設する法律を定めた。
その日本再生委員会の下記の答申(処方箋)を実行した結果、2050年には見事に蘇り、あらゆる分野において世界をリードするようになったというストーリである。
1.パックス・パシフィカ
日本は竹島を韓国に譲り、国内の難題に足を引っ張られ、余裕を失った中国との間で尖閣問題を国際仲裁に付託する一方、中国企業にも日本や外国企業と共に、この海域の石油とガスの探査・採掘権を与えることを提案して片を付ける。
近隣国との関係を改善した上で、日米安保条約の枠組みにインドが参加し、さらにはオーストラリア、インドネシア、フィリピンも加わり、「大同盟」と呼ばれるようになった。大同盟は今やNATOよりも重要な意味を持つようになる。大同盟のお陰でアジア太平洋、インド洋、ペルシャ湾に及ぶ地域全体に平和と安定が保たれてようになる。注目すべきはこの多国間の安全保障をリードするのは米国ではなく日本だということ情勢が生まれる。
2.女性が日本を救う。
女性の就業率を高め、子育てと両立させる施策やが講じられ、婚外子や養子が差別されたり、肩身の狭い思いをされられる原因となっている戸籍制度は廃止された。その結果、女性の就業率は飛躍的に高まり、出生率も高まる。また有能な技能者、ビジネスマン、医療や介護にかかわる労働者を積極的に受け入れることとする。
3.バイリンガル国家:日本
Native Speakerを大量に採用し、幼児期から英語に親しませ、英語を第二公用語にする。TV番組、ニュースには全て英語字幕を入れる。その他の大規模なEnglishnization=英語化を実施する。有能な移民を勧誘するためにもそれが必要である。これにより海外ともコミュケーションの強化・深化し、有能な人材が押し掛けるようになる。
4.イノベーション立国
日本の研究開発投資の額は決して少なくはない。しかし方向が間違っている。枯れかけた技術にこだわり、横並びの陳腐な類似製品のみを生み出している。
「破壊的技術」:先進ロボット工学、自動走行車、次世代ゲノム工学、エネルギー貯蓄、3Dプリンティング、先端素材(ナノテクノロジーなど)、オイルやガスの探査・掘削技術、そして再生可能エネルギーなどにに重点的に投資すべきである。
5.エネルギー独立国
太陽光発電、風力発電、地熱発電、など既知の再生エネルギーを開発整備するとともに、海流・潮流発電の利用を目指して、研究開発を進めるべきだ。日本列島には5ノットの速さで流れる潮流がある。これを利用すれば新型の水力発電ができる。原子力発電は放射能汚染の危険、廃炉コストがかかるので、廃止し、従来型の原子炉から出た廃棄物を燃やす統合型原子炉(IFR)の開発を進める(米アルゴン国立研究所が開発したが、連邦議会のの決議で1994に研究開発中止)。これだと廃棄物から放射性物質がなくなり、メルトダウンするリスクも少ない。
しかし、発電量が安定しない再生エネルギーを有効に利用するためには、地域独占を前提に構築されているstand aloneの送電網を大幅に作り替え、柔軟に需給に対応できるスマートグリット型の送電網に再構築する必要がある。
6.ケイレツ・インサイダー型、既得権重視の経済構造の変革
正規雇用と非正規雇用の差別廃止、コーポレートガバナンスの改革、セイフティ・ネットを「雇用を維持することが何よりも大切として、ゾンビ企業を延命させてきた」日本の失業保険制度を北欧型のFlexicurity(Flexibility+Security)に組み替える。軸足を「職場の保障」から「所得と雇用の保障」へと移す。その他、起業が容易な環境整備、独禁法適用除外の農協改革も必要。
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