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October 06, 2017

村上由美子「武器としての人口減社会-国際比較統計でわかる日本の強さ」読後感

著者の村上由美子さんは1960年生まれの52歳。現在OECD東京センター長を務めている。上智大卒業後スタンフォー大で国際関係論修士取得、国連に就職、平和維持部隊、国連開発計画を担当、国連官僚組織の非効率(パフォーマンスの悪さ)に嫌気がさして、ハーバード大でMBAを取得後、ゴールドマン・サックスに就職したが、その後やはり公的機関で働きたいと、OECD東京センター長の公募に合格して現職についたと言う。
OECD統計を駆使したこの著作の内容は出版社:光文社の紹介記事には

「35の先進諸国が加盟する国際機関OECD。日々収集される各種統計を読み解くと、日本は非常に「残念な国」である事実が浮かび上がってくる。労働生産性、睡眠時間、女性活躍推進、起業家精神……。さまざまな重要分野において、日本は主要先進国中で最低レベルである。しかし見方を変えれば、少子高齢社会、労働力不足であるからこそ、日本には他国にはない大きなチャンスが隠れていることがわかってくる。負の遺産を最強の武器に変えるため、豊富な統計をもとに、日本にとっての“ベストプラクティス”(最良の政策案)を考える。

第一章 人口減少が武器になるとき
第二章 眠れる「人財」大国・日本
第三章 女性は日本社会の “Best Kept Secret”
第四章 働き方革命のススメ
第五章 日本のイノベーション力を活かせ!」

とあり、論旨は明快、統計の語るところにも納得できる。しかし、第5章の「日本のイノベーション力を活かせ」の具体的内容は殆どないのが飽き足らないが、そこまで求めるのは欲張りというものか?
 要するに本書の訴えたかったことは、日本の人口減少は止められない。政府がいろいろ施策を講じれば、フランス、北欧諸国のように再び出生率が回復してくるかもしれないが、即効薬にはなり難い。
 ならば逆転の発想で人口減少を武器に変えるべきだというのだ。おりしも現在社会で進行しつつあるのはICT,AI革命である。ICT・AI革命が施行すれば、求められるスキルが変化する。非定形的な対人業務、非定型的な分析業務の需要が増え、定型的な手仕事業務、定型的な認知業務、非定型的な手仕事業務は減少する。それは基礎学力を備えた人材の需要が増えるということだ。
 その意味での日本人の潜在的スキル力は世界トップレベルである。PISA(Programme for Internaional Student Assesment OECD生徒の学習到達度調査)は有名で、日本は最近順位が落ちて、数的理解力は上海、シンガポール、香港、韓国、マカオに抜かれて7位、読解力は4位、科学的理解力は4位となっている。これの成人版PIAAC(Programme for the International Assesment for Adult Competencies)がある。これによると日本は読解力、数的理解力ともフィンランドを抜いて世界一である。 
 しかし、このスキルはまだ生きていない。日本の労働生産性の伸びは一位のルクセンブルグ、米国、EUに抜かれている。つまりこのスキル力が活かされいないのだ。ICT・AI革命の到来こそ、日本成人の潜在スキル力を活かすチャンスが訪れたということだ。しかも、日本は失業率が低く、人手不足状態が続く。ICT・AIが失業率を悪化させる抵抗感もない。ICT・AIは省力化として歓迎され、進行するだろう。
 しかも日本の中高年層は優等生である。調査対象の最高齢層の55~65歳の能力は驚異的に群を抜いて高い。日本の中高年層は訓練すれば、ICT・AI革命に容易に対応出来る基礎学力を備えているということである。
 また女性活用、就業率を上げることこそが日本のGDPを引き上げる隠し玉(Best Kept Secret)だという。何しろ成人女性の読解力、数的思考力の平均点はこれまた世界一なのだから。しかし賃金格差、差別意識(男性の方が女性よりも仕事に就く権利があると考える意識)は厳然と存在する。学生時代の仕事への意欲、「マネジャーやプロフェッショナルになりたい」という意欲はむしろ女性の方が高いのに、である。それが出産、子育て期の女性が正規雇用の場を離れ、再び仕事に復帰するときには非正規という風習(所謂M字カーブ)が事態を悪化させている。これは日本の損失である。しかもOECD統計上は女性の就業率が高まれば、出生率が増える傾向がある。日本より女性の就業率が高いのに出生率が低いのはドイツだけである。それは何故か? また「賃金格差が解消すれば、結婚したくなる?」とも。要するに「女性は日本社会の潜在力“Best Kept Secret”(隠し玉)」だというのである。
 更には日本はイノベーション大国である。OECD統計に「新興技術分野におけるトッププレーヤー」という統計がある。日本のウェート、存在感は「太陽熱収集器」を除いて、米国と並んで断トツである。しかし、「市場に新製品をもたらした企業の割合」はびりに近い。要するに日本はイノベーション大国で実力はあるのに、それが活かしきれていないのだという。その原因は「日本企業の大半が古い企業」だからという。しかし、飛鳥時代から続く宮大工の「金剛組」、室町時代に創業されたという「虎屋」などが、未だに健在だということは凄いことだし、日本の強みだと思うが、どんなものだろうか? 確かに大した技術、強みもないのに、唯々公的保証で生きながらえているゾンビ企業が多数存在することも事実だろう。対GDP比が低すぎるベンチャー・キャピタルの増やすことは必要だろう。
 アップルのiPhoneには別に画期的な技術でも何でもない。電話、音楽プレーヤー、カメラ、インターネットなど、何一つ画期的な技術はない。ただバラバラに存在していたそれらの技術を一つのプロダクトに統合し、拘りぬいたデザインに仕上げ、徹底したブランド戦略を立てて、マーケティングに力を注いで、イノベーションを巻き起こしたのだ。
 これからの時代は競争力のベースは嘗ての「製造」から、前段階の「研究開発」「デザイン」と、後段階の「マーケティング」「サービス」に移っている。特に我が国はサービス業の生産性が低いので、この部分を強化する必要がある。
 要するに村上女史が主張したいのは「少子高齢化を経済成長のプラス要因として、そしてビジネスの相対的優位性として利用するための条件を揃えている国は、日本以外には皆無といっても過言ではない」と言うことだろう。


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