ビル・ヘイトン「南シナ海―アジアの覇権をめぐる闘争史」読後感
最近ビル・ヘイトン(Bill Hayton: BBC World News勤務のジャーナリスト)「南シナ海―アジアの覇権をめぐる闘争史」を読み終えた。
昨年12月に初版発行の最新の「南シナ海」に関する書物。先史時代から説き起こし、「中国の野心が初めて、アメリカの戦略的意志と正面からぶっつかっり」緊迫の度を高めている現状に至るまでの経緯と原因を分析している。
この海域には「ヌサンタオ」と呼ばれる海の遊牧民が存在し、太平洋の島々からインド、アラビア半島を経て、はるかマダガスカルに至る海上交易のネットワークを作り上げていたという(この地球を半周もする地域の中で話されている1000を超す言語に共通点が見つかっている)。ここで活躍した海の遊牧民は民族的なアイデンティティを持たず、国家のようなものには何の愛着持たなかった人々たちであった(ここで活躍した海洋民族は中国人と何の関係もない)。
ところが第二次大戦後、中国(最初は蒋介石政権)が南シナ海に九段線と言う境界線をひき、インドネシア沖まで延びる「牛の舌」状の広い領域を歴史的に中国の支配地域であった主張し、その固有の領土主権は中国の核心的利益であると喚きたてるようになった。
これに対してベトナム、フィリピン、マレーシアなどの沿岸諸国は自国の海岸線から200マイルをEEZと定めた国連海洋法条約に従って、南シナ海諸島の帰属を決めるべきだとして、常設仲裁裁判所に提訴している。
この関係国の主張を見てみると、中国の歴史的権利の主張は無理筋の議論のように見える。中国の指導部もそれはある程度分かっているようだが、国内の利益団体、特に軍や石油会社、沿岸の省の発言権が大きく、国内問題から目をそらせたい指導部にとっては遥か海中の岩礁の帰属が完璧な目くらましになる。中国の外交部の国内的なランキングは40位で、影響力は極めて小さいらしい。かくて、政府が大言壮語のレベルを上げるほど、あがった梯子を下りて地道な決着をつけるのが難しくなっていく。近隣諸国の間で「中国脅威論」はますます大きくなり、日、米、フィリピン、ベトナム、マレーシア、インドなどによる中国包囲網が形成されつつあり、今後も東南アジアの国際関係を毒し続けるだあろう。「U字型ライン」内の領有権を実力で通そうとすれば、アメリカとの正面衝突が待っている。両者の実力差を考えれば、今のところまずそういうことは起こりそうにないと言う。
筆者はこの本執筆の調査の段階で「兵器を用いての本物の戦争を始めたら、失うものばかりで、得るものはない」と言うことを、中国指導部は理解していることを確信したとか。しかし、戦争以外にあらゆる手段を使うつもりのようだから、低レベルの衝突がエスカレートして、外交的・軍事的危機が訪れることがないとは言えない。
漁業資源は兎も角も、石油・ガスなどの地下資源は「ゼロよりはまし」程度の埋蔵量に過ぎないとしたら、如何にもばかげた空騒ぎのように思える。それよりも世界の海上貿易量の半分以上が輸送される国際公共財として通商路が危機に瀕するという事態のほうが中国を含む東アジア諸国の経済にとってはるかに大きな問題であることを、中国の無知蒙昧な民衆に理解して欲しいものである。しかしそれは帝国主義時代の屈辱の歴史を巻き返し「偉大なる中華帝国の復権」をいきごむポピュリズムが猖獗する空気の中では所詮無理な希望なのだろうか?
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