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March 28, 2016

宇沢弘文東大名誉教授「経済と人間の旅」読後感

前半は2002年3月の日経新聞「私の履歴書」を収録したもの。後半は1971年頃から2002年初めにかけて、都度日経の「やさしい経済教室」に執筆された論文を集めたものである。「やさしい」と言うものの、結構レベルの高い論文で、完全に理解できたとは言いがたい。
しかし、同氏が強調したかったのは、ケインズの経済学が時代の要求に応えられなくなってしまった後、古典派経済学がいびつな形で復活し、市場経済至上の「効率性のみを追求する」数理経済学、合理的期待形成仮説、マネタリズム、サプライサイド重視の経済学などと言う新保守主義のの衣を装った古典派的立場がはびこるようになった。これは私的利潤利潤追求を更に一層正確に押し出して、資本主義的な制度に対する様々な規制を取り除いて、再び大恐慌が起きる条件をつくり出そうとしている。1971年の時点で、リーマン・ショックなどの金融混乱を予言していた慧眼に感服するほかない。
ミルトン・フリードマン、フェルドシュタインなどがその旗手であり、レーガン政権が成立すると、これらの新保守主義の経済学の理論に基づく壮大な実験が行われた。レーガン→サッチャー→中曽根の新保守主義の規制緩和を中心とする経済政策は、竹中平蔵を指南番とする小泉改革の引き継がれ、安倍内閣もその延長線上にあるといえよう。
そのような経済学の危機を招いたのはケインズ理論をIS曲線・LM曲線分析と言う理論に矮小化した新古典派総合の所為だとも論じられているようだが、その辺の論理は本格的に経済学を勉強していない悲しさで完全に理解しえたとは言えない。
何れにしろ、これからの経済学は「人間回復」をそのテーマに据えるべきで、そのためには社会的共通資本の整備を重視しなければならないと言う。社会的共通資本には三つの類型がある。自然環境:森林、河川、湖沼、沿岸湿地帯、海洋、水、土壌、大気など。社会的インフラ:道路、橋、鉄道、上下水道、電力、ガスなど。制度資本:教育、医療、金融、司法、行政など。
また、1983年に文化功労者となり、天皇陛下に謁見した際、「キミ。キミは経済、経済と言うけれども、要するに人間の心が大切だと言いたいんだね」と言うお言葉に電撃的なショックを受けたと言う下りも面白い。昭和天皇の本質を鋭く見抜く力は、ただならぬものであったと言うことだろうか?

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March 18, 2016

神野直彦東大名誉教授『「人間国家」への改革』読後感

神野教授は東大経済学部で財政学を講じておられた。宇沢弘文教授を心から敬愛する直弟子でもある。
経済学を専攻したわけではないので、財政学や、宇沢=神野が導きの星としたドイツの歴史学派に学んだアメリカのヴェブレンなどの制度学派の考え方、それらこそが「資本主義と社会主義という二つの経済体制とを超えて人間の尊厳と魂の自立を可能にする経済体制」をもたらすとする新しい経済学の体系で、近代経済学とマルクス経済学をという二つの潮流を超克し、「人間国家」を構築する原理となりうる学派だということなど全く知らなかった。その意味で大変啓発される書物であった。
近代工業経済の成立によって、それまでの家族経営の生産・生活活動は生産の場と生活の場の分離を来し、政治は所有権と所有権の交換を保護する「交換の正義」を実現する機能を担うことになった。それによって、経済・社会・政治が分離して、三角形の関係が成立した。しかし、まだまだ生活の場としての社会の役割は衰えておらず、大きな役割を担っていた。その段階では「小さな市場」が「大きな社会」を残し、そのため「小さな政府」が可能であった。
ところが第二次産業革命とも言われる重化学工業の時代へと進んで行くと、市場領域がが拡大し、家族や共同体の機能が縮小していき、「大きな市場」が「小さな社会」にしてしまうと、人間の生活を保障する「大きな政府」が必要とならざる得ない。それが「大きな市場」、「小さな社会」、「大きな政府」という「現代社会」=福祉国家(大きな政府による所得再分配機能を担う)が出現する。しかし「大きな政府」による所得再分配と金本位制下の自由貿易とは矛盾する。それぞれの国民国家が社会統合のために、「自分さえ良ければ」という「近隣窮乏化政策」に奔ったからである。
これが第二次大戦という悲劇を産み、その反省から「大きな政府」と両立する国際秩序を目指さざるを得なかった。これがブレトン・ウッズ体制で、金融を社会の「主人」にするのではなく、金融を社会の「従僕」にしようと考えた。つまり、租税負担の高さによって資本逃避が生じてしまうことを抑え込む資本統制が認められていた。こうした資本の自由な移動を統制する障壁の存在こそが「福祉国家」という介入主義に基づく「大きな政府」が機能する前提条件だったのである。
しかし、大量生産、大量消費、福祉国家の「黄金の30年」と称賛される高度経済成長は自然資源多消費の限界から1973年の石油ショックに象徴される行き詰まりに直面し、スタグフレーションに悩まされることになる。
この時期にレーガン、サッチャーの新自由主義が登場し、不況とインフレの共存というスタグフレーションを「大きな政府」の結果と唱え、「大きな市場」をもっと大きく、「大きな政府」を「小さな政府」にという「市場拡大―政府縮小」戦略を掲げた。
この路線の下に資本統制が解除され、金融自由化が推進されると、資本は鳥のごとく自由に国境を越えて飛び回るようになる。これがグローバリゼーションである。それは福祉国家の財源となる高額所得者への課税、法人課税が難しくなることでもある。さらには国際競争力の強化を理由として、国民国家が規制している労働市場の規制が緩和され、賃金の引き下げも激化してしまう。中小企業や農業などの伝統産業も低価格を競い合い、仕事を獲得するための競争が激化し、国際資本の前に平伏せざるを得なくなる。そして「市場拡大―政府縮小」戦略が惹起する過剰な豊かさと過剰な貧困の併存は人間の社会に亀裂を走らせ、人的環境が破壊されるし、更には人間の生存に必要な自然環境をも破壊する。
今こそ「市場拡大―政府縮小」戦略から「市場抑制―社会拡大」に舵を切り替えて「人間国家」を目指して再出発すべきだというのが、この著作のモチーフである。
制度主義を支えている背後理念は「リベラリズムの思想」であり、近代経済学もマルクス経済学も市場経済という「大きな家の中のひと部屋」しか見ていないと批判し、市場経済の枠組みを超えた非市場領域も考察の対象とする必要性を新歴史派は認識していたということであり、国民経済は市場経済と財政という二つの経済が車の両輪とならなければ発展しないということである。
また「シュンペーター的財政赤字」という指摘も面白い。それはシュンペーターは「古き時代が腐臭を放ちながら、新しい時代が痛みを伴いながら生まれていいく歴史の『峠』では、財政が必ず危機に陥る」と指摘した。シュンペーター的赤字というのはTotal Systemとしての社会全体が危機に陥った時に生じる財政赤字ということであり、財政危機は社会全体としての危機の結果に過ぎず、その原因ではない。戦争、内乱などで社会秩序が乱れれば社会防衛、社会秩序の回復のために財政支出が増大するし、不況が深刻化して、経済危機が生じると、財政収入が減少して、結果的に財政危機が生じる。
工業化社会から知識社会へと「歴史の峠」を踏み越えよとしている日本でもシュンペーター的赤字が生じている。この「歴史の峠」では社会的インフラストラクチャーと社会的セーフティネットを張り替えなければならない。それは「学びの社会」としての「知識社会」の構築であり、トリクルダウンよりもトリクルアップの低所得者対策でである。市場経済を暴走を抑制し、財政を活用して、新しい「人間国家」へと舵を切るべき時だということだ。
ローマ法王ヨハネ・パウロ二世は100年ぶりの「レールム・ノヴァルム(Rerum Novarum)」=「新しき事柄」、「革新」という法王回勅を出すにあたって、宇沢先生に諮問され、先生は主題を「社会主義の弊害と資本主義の幻想」とするよう提案されたという。この事実も本書執筆の動機だったようだ。

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March 17, 2016

Joseph Stinglitz「世界に分断と対立を撒き散らす経済の罠」読後感

ノーベル賞経済学者スティグリッツがNYタイムズはじめ新聞や雑誌に寄稿した論文をあつめたもの。
現在アメリカ人の上位1%は毎年国民所得のおよそ1/4を懐にに収めている。所得ではなく資産で見ると、上位1%のは総資産の40%を支配している。今から25年前、上位1%の分け前は所得で12%で、資産で33%だった。格差は著しく広がっている。これは冷徹な資本主義の結果ではない。1%の最上層が自分の都合のいいように市場のルールを歪め、莫大な利益を手にし、その経済力で政治と政策に介入した結果なのだと言う。富裕層は富の力を使ってRentseekingで優位をほしいままにしている。
それは「1%の1%による1%のための政治」が米国の格差を拡大していると言うことだ。1人1票ではなく1ドル1票の金権政治が生み出した格差の拡大が経済や社会の不安定と混乱をもたらし、やがて人々を危機へと導く。米国の現在の経済格差は既に1929年の世界大恐慌当時と同じか、それ以上に大きなものとなっている。経済格差が有効需要の不足を生み出し、不況からの脱出を困難にしていると言う大恐慌の教訓とケインズの処方箋を忘れてしまったのだろうか?
子供は生まれるとき親を選べないのに、貧困の中に育たなければならない宿命を背負わされた子供たちは十分な教育を受けることが出来ず、一生貧困から抜け出せなくなってしまう。努力すれば成功し、金持ちになれるという機会均等のアメリカン・ドリームは今や単なる夢物語に過ぎない。結果の不平等が機会の不平等を生みだし、機会の不平等が結果の不平等となって固定化する悪循環となっている。
このような格差拡大が顕著になってきたのはレーガン政権以来であり、サッチャーの政策もレーガン政策に酷似しており、英国の米国同様に格差が激しくなっている。
所得の累進課税をレーガン以前に戻し、教育、社会インフラへ積極的に投資し、低所得者層対策に意を用いて、所得の再配分を積極的に推進して、既に虚妄であることが証明されつつあるTrickle-down理論よりも、むしろTrickle-upによって、最上層における過剰な富と所得の集中、中間層の空洞化、最下層における貧困の増加を是正しなければならない。それにしても「アメリカが抱く規制緩和への盲目的愛情」にに強い影響を受け、アメリカの二の舞の悲劇へと引き込もうとしている日本の新自由主義者・市場原理主義者にも困ったものだ。

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朴裕河世宗大学教授の「帝国の慰安婦」読後感

 著者朴裕河さんは世宗大学日本文学科教授。韓国の高校卒後慶応大と早稲田で学んだ日本文学を専攻する学者。この著作を読んでみようと思ったのは、「帝国の慰安婦」が、元慰安婦の名誉を毀損したとして、韓国の検察が朴氏を在宅起訴したことについて、日本やアメリカの学者や作家ら54人が11月26日、抗議する声明を発表したことが報道され、関心を掻き立てられたからである。
 声明文には上野千鶴子・東大名誉教授、作家の大江健三郎氏や、1990年代に慰安婦問題の外交交渉に携わった河野洋平・元官房長官と村山富市・元首相らも名を連ねた。「検察庁という公権力が特定の歴史観をもとに学問や言論の自由を封圧する挙に出た」「韓国の憲法が明記している『言論・出版の自由』や『学問・芸術の自由』が侵されつつある」と韓国の司法当局を批判し、日韓の国民感情を刺激し、問題の打開の弊害となることを懸念している。
 注目すべきは、この声明文に名を連ねる人々はむしろ韓国挺対協の支援者と目される人々である。上野千鶴子・東大名誉教授は筋金入りのウーマンリブの闘士だし、大江健三郎は日本の戦争責任を追及し、日本人の主体的戦争責任意識を風化させない運動に深くコミットした左翼の闘士だと右翼からはみなされている。また、村山富市と河野洋平は「アジア女性基金」を創設し、慰安婦問題を解決しようと努力した政治家たちである。韓国の司法当局は産経新聞記者の起訴の場合と同様に、韓国の国民情緒に媚びて、刑事告訴に踏み切ることにより、これらの良心的な支援者たちを敵側に追いやってしまったのではないか? 
 朴氏は2013年、「帝国の慰安婦」を韓国で出版した。慰安婦になった背景や戦地での管理には様々な実態があったと分析し、日韓間の対話による解決を訴えた。2014年に日本でも日本語版が出版されている。
 これに対し、元慰安婦らが2014年6月、「日本軍と同志的な関係にあった」という記述に対し、「虚偽の事実を流布し、名誉を傷つけた」として、朴教授を刑事告訴していた。 元慰安婦らは韓国で著書の出版差し止めも求め、韓国の裁判所はこれを認めた。韓国では、裁判所の決定に従い、内容を一部削除した修正版が出版されていると言う。
 この著作を読んで初めて知ったのだが、韓国の慰安婦問題運動の火に油を注いだのは日本の左翼だったという。この日本の左翼たちの基金反対運動は「基金を国家の戦争犯罪を再び隠ぺいするもの」と見做し、「日本人の主体的戦争責任意識を双葉のうちに摘み取るべく構想されたもの」と考え、「日本政府の姿勢を正していくチャンスが訪れた時期に闘いをあきらめる」ものと捉え、慰安婦問題を<日本社会の改革>に結びつけようとした。かくして日本の支援者たちは単に過去や帝国主義批判にとどまらず、現在の右翼批判にエスカレートしながら、政治闘争の様相を帯びるようになったという。この段階で慰安婦の救済よりも当事者たる慰安婦たちは日本の政治運動の人質になってしまった。
 日本にも強力な支援者がいると錯覚した韓国挺対協らは、帝国と戦争が生み出した慰安婦と言う存在を「女性の普遍的な人権」の問題とのメッセージを国際社会に送ることによって、世界との連帯も成功させ、<道徳的に優位>と言う正統性による<道徳的傲慢>を楽しんできた。「天皇が私の前にひざまずいて謝罪するまで私は許せない」と言う傲慢は相手の屈服自体を目指す支配欲望のねじれた形=帝国主義欲望でもある。
 慰安婦問題が帝国主義=植民地支配が生み出したもので、欧米の帝国主義に対する防衛上、止む無く帝国建設に奔った旧帝国(日本)の罪をほかの帝国(オランダ)と提携して、もう一つの旧帝国(米英など欧州諸国)への言いつけ外交を展開し、審判してもらうという世界連帯はアイロニーでしかない。米国の韓国内基地の周辺には慰安婦村が存在するし、ベトナム戦争では米韓とも酷い性暴力を振るったという事実が現存しているにもかかわらずである。
 自分たちのみが「正義を独占している」という傲慢さと執拗さが、日本人一般民衆のみならず、所謂進歩的文化人やいろいろな国家的・政治的制約がある中で、慰安婦問題の解決に誠実に努力した政治家・官僚(彼らは「日本人先祖を卑しめた」と右翼から糾弾されている)をも敵方に追いやってしまったのではないか?
 日米の学者や作家ら54人の下記の声明は、韓国挺対協とそれを日本側から煽り立てた支援者たちの運動が失敗であったことを雄弁に物語っている。運動の目的は出来る限り味方=賛同者を増やすことであったとしたら、この運動は失敗であったと言うほかない。それは日本の普通の人たちの間に嫌韓派を増加させた。韓国への日本人観光客が激減しているのはその現れである。
 一読に値する著作であると考える。

 付録 【日米学者作家の声明文】
『帝国の慰安婦』の著者である朴裕河氏をソウル東部検察庁が「名誉毀損罪」で起訴したことに、私たちは強い驚きと深い憂慮の念を禁じえません。昨年11月に日本でも刊行された『帝国の慰安婦』には、「従軍慰安婦問題」について一面的な見方を排し、その多様性を示すことで事態の複雑さと背景の奥行きをとらえ、真の解決の可能性を探ろうという強いメッセージが込められていたと判断するからです。

検察庁の起訴文は同書の韓国語版について「虚偽の事実」を記していると断じ、その具体例を列挙していますが、それは朴氏の意図を虚心に理解しようとせず、予断と誤解に基づいて下された判断だと考えざるを得ません。何よりも、この本によって元慰安婦の方々の名誉が傷ついたとは思えず、むしろ慰安婦の方々の哀しみの深さと複雑さが、韓国民のみならず日本の読者にも伝わったと感じています。

そもそも「慰安婦問題」は、日本と韓国の両国民が、過去の歴史をふり返り、旧帝国日本の責任がどこまで追及されるべきかについての共通理解に達することによって、はじめて解決が見いだせるはずです。その点、朴裕河氏は「帝国主義による女性蔑視」と「植民地支配がもたらした差別」の両面を掘り下げ、これまでの論議に深みを与えました。

慰安婦が戦地において日本軍兵士と感情をともにすることがあったことや、募集に介在した朝鮮人を含む業者らの責任なども同書が指摘したことに、韓国だけでなく日本国内からも異論があるのは事実です。しかし、同書は植民地支配によってそうした状況をつくり出した帝国日本の根源的な責任を鋭く突いており、慰安婦問題に背を向けようとする日本の一部論調に与するものでは全くありません。また、さまざまな異論も含めて慰安婦問題への関心と議論を喚起した意味でも、同書は大きな意義をもちました。

起訴文が朴氏の「誤り」の根拠として「河野談話」を引き合いに出していることにも、強い疑問を感じざるを得ません。同書は河野談話を厳密に読み込み、これを高く評価しつつ、談話に基づいた問題解決を訴えているからに他なりません。

同書の日本版はこの秋、日本で「アジア太平洋賞」の特別賞と、「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」を相次いで受賞しました。それはまさに「慰安婦問題」をめぐる議論の深化に、新たな一歩を踏み出したことが高く評価されたからです。

昨年来、この本が韓国で名誉毀損の民事裁判にさらされていることに私たちは憂慮の目を向けてきましたが、今回さらに大きな衝撃を受けたのは、検察庁という公権力が特定の歴史観をもとに学問や言論の自由を封圧する挙に出たからです。何を事実として認定し、いかに歴史を解釈するかは学問の自由にかかわる問題です。特定の個人を誹謗したり、暴力を扇動したりするようなものは別として、言論に対しては言論で対抗すべきであり、学問の場に公権力が踏み込むべきでないのは、近代民主主義の基本原理ではないでしょうか。なぜなら学問や言論の活発な展開こそ、健全な世論の形成に大事な材料を提供し、社会に滋養を与えるものだからです。

韓国は、政治行動だけでなく学問や言論が力によって厳しく統制された独裁の時代をくぐり抜け、自力で民主化を成し遂げ、定着させた稀有の国です。私たちはそうした韓国社会の力に深い敬意を抱いてきました。しかし、いま、韓国の憲法が明記している「言論・出版の自由」や「学問・芸術の自由」が侵されつつあるのを憂慮せざるをえません。また、日韓両国がようやく慰安婦問題をめぐる解決の糸口を見出そうとしているとき、この起訴が両国民の感情を不必要に刺激しあい、問題の打開を阻害する要因となることも危ぶまれます。

今回の起訴をきっかけにして、韓国の健全な世論がふたたび動き出すことを、強く期待したいと思います。日本の民主主義もいま多くの問題にさらされていますが、日韓の市民社会が共鳴し合うことによって、お互いの民主主義、そして自由な議論を尊重する空気を永久に持続させることを願ってやみません。

今回の起訴に対しては、民主主義の常識と良識に恥じない裁判所の判断を強く求めるとともに、両国の言論空間における議論の活発化を切に望むものです。

2015年11月26日

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March 04, 2016

「香港―中国と向き合う自由都市」読後感

最近、倉田徹立教大准教授・張Yuk Man香港中文大講師「香港―中国と向き合う自由都市」を読み終えた。
香港には多分1973年、最初に足を踏み入れて以来、数回訪れたことがあるが、最初は九龍半島側は1997年までの99年間の租借地だが、香港島のほうは英国に割譲された植民地で、条約上は何時までも英国領のままにしておくことは可能だが、対岸の九龍半島と一体になって、有機的に経済社会が形成されているのだから(水、エネルギーや生活物資の供給など、慶徳空港も九龍側であった))、99年の租借期間満了後も、英国が香港島植民地を保持し続けることはできないのではないか言う問題意識しかない時期だった。
1984年12月に中英交渉がまとまり、1997年7月1日の香港返還が決まった。一国二制度が合意され、50年間は香港の現行体制・高度の自治が維持されるとの合意はあるものの、それは単なるモラトリアムに過ぎず、早晩共産党政権が全政府部門を制御し、地民軍が闊歩し、公平な法治よりも腐敗や政治的なコネがものを言うようになり、国際的な商業・金融のハブとしての役割はなくなる。街は西欧的清潔的さを失い、間違いなく汚くなるだろうと誰もが思ったに違いない。
植民地時代のイギリスによる支配は典型的な植民地統治のシステムで宗主国が強権をふるう独裁体制であったが、圧倒的多数を占める華人社会へ干渉を避け、政治化を避けることで安定を保とうとした。その自律的な官僚統治によって、香港の政治は脱イデオロギー化し、経済の繁栄と社会の安定が優先された。
植民地統治は強権的統治でであるが、強力な権力が存在するからこそ、放任された社会にも一定の秩序が保たれ、それによって自由な空間が出現した。大陸からの避難民たちは情報の自由を用い、命を繋ぐための仕事を見つけ、「生存する自由」が与えられた。さらに難民たちは「儲ける自由」を使った。それは英国人が育てた香港の自由貿易港制度や、国際ネットワーク、法制度、金融システムによって支えられた。わずかな資本、友人・親戚からの支援があれば、人々は様々な商売を行って、瞬く間に富を蓄えるチャンスがあった。
2014年秋、中国政府による勝手な解釈改憲で2017年の行政長官改選にあたって、新北京派のみを予め候補者として選ぶニセ普通選挙を実施すること決めたことに対して、香港市民の多数を巻き込み、長期間香港主要地区を占拠する雨傘運動デモに発展した。このような生活に根ざした「自己決定の自由」に慣れ親しんだ香港人にとって、2012年の愛国教育運動=国民洗脳教育の続く、ニセ普選による行政長官選出は香港の「自己決定の自由」が侵害されると感じたのであろう。それにしても徹底的に無抵抗主義を貫き、占拠地にむしろ牧歌的な生活空間を作り出したという運動は、悲壮感がなく、大多数の香港市民の共感を勝ち取って、香港官憲もその裏にいる中国共産党も手を出せなったという事態の推移には注目される。犠牲者を出した1980年の韓国の光州事件や1989年の天安門事件などとは違う抗議活動を楽しむ明るさに驚嘆した。「中国と向き合う自由都市:香港」の強かさに喝采である。

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