大分以前だが、「自滅する中国―なぜ世界帝国になれないのか」(芙蓉書房出版)と言う書物を読んだことがある。今回の南シナ海での衝突は「中国が大小の国家を反中同盟と言う形で団結させてしまい、これからの自分たちの拡大を相手に封じ込められてしまうように立ち回ってしまうと言う自滅的なプロセスに陥りつつある」と言うこの書物の予測が実現しつつあるように思える
。
<「自滅する中国」読後感>
著者Edwward Luttwak氏はルーマニア生まれのユダヤ人。人相は余りよくないが、論旨は明快で的確。ロンドン大学で経済学を学び、ジョンズ・ホプキンス大学で学位をとった。戦略国際問題研究所(CSIS)の上級アドバイザー。米国の国防系Establishmentの一員。
「これからの世界は中国の台頭によって形成されていく」いう、現在広く信じられている考え方が如何にに間違っているかを論証しようとしてる。それを読み解くキーワードは「巨大国の自閉症」「蛮夷操作」「中国の天下意識―中華思想」であり、急速な強国化、威嚇的な対外政策が他国の警戒心を呼び覚まし、余計な反発を呼び、却って成功への道を閉ざしてしまうと言う戦略論の逆説は面白い。
その他の面白かった論点を列記すると、
1.古代の愚かな知恵―中国人には大戦略能力がない。
中国人は4千年の歴史を誇り、王朝の栄枯盛衰=滅亡・交代が絶えなかった。その絶えざる闘争が種々の兵法書を生み出した。中でも孫子の兵法は有名だが、そこから中国人は自らを戦略に優れた民族だと勘違いし、影響を受けた周辺諸国も「さすが中国人はすごい」と勘違いしている。古代からの知恵とされる兵法書は同一文化内で通用する議論。200近い主権国家がひしめき合う現在の国際社会では通用しない。「外国との間の長年にわたる未解決の紛争は故意に危機を煽ることで解決できる」という考え方、欺瞞や策略や奇襲攻撃への過剰な信奉。これでは、まともで非挑発的な大戦略を採用できなくなってしまう。
2.中国人の天下意識=華夷秩序と蛮夷操作
中国人は4千年の輝ける歴史はアヘン戦争以来一時的に陰りを見せただけで、再び中華民族の偉大さを回復し、東アジア地域に天下システム(華夷秩序、朝貢システム)を復活しようとしている。しかし、欧米世界がルネッサンス期のイタリアで形成され、多数の主権国家がひしめくヨーロッパで発展を遂げた国際法秩序のルール、すなわち「主権国家は法的に平等」と言う建前(実際には力の差があり、この建前は偽善的ではあるが)と、中国の天下=華夷秩序とどちらが普遍性があるか、居心地がよいかは自明であろう。あらゆる独立国家は必ず絶対的な主権を主張するものだが、外国への従属に言いなりになる国家もある。その稀な国家が韓国である。
その華夷秩序を維持する戦術が蛮夷操作である。それは自国以外は東夷、西戎、南蛮、北狄の野蛮人と見なして、訪問客には賄賂=汚職とも言うべき、過剰な接待・贈り物を供与する「蛮夷操作」で、どのようにでも外国人を意のままに操れると考えている。「キッシンジャー回顧録:中国」は漢民族の長期的な戦略眼を媚びへつらって賞賛するところから始まる「キッシンジャー回顧録:中国」などは蛮夷操作に引っかかった典型であろう。精華大学の閻学通・国際問題研究院長の「中国は急速に買う力を持ったことで、世界から求められる存在になっている。経済から始まり、最後は中国の価値観が世界に影響を与えるようになる」(朝日4/11)の発言も蛮夷操作の余地が広がって行くとのあからさまな宣言である。
3.日本の保守派の対中コンプレックス
日本の保守派といえども中国の独善的な天下意識から無縁な訳ではない。。旧世代の人々(中曽根元首相を含む)は日本人が中国で行った悪事についての罪悪感と、中国でのビジネスチャンスが拡大していると言う認識から日本の過去と将来を中国の天下システムの中に見ると言う融和的な見解が見られた。「中国の天下体制の中―つまり戦略境界線の内側―で繁栄する日本」と言う中曽根ビジョンは、中国の威嚇的な拡張主義的な対外政策によって絶対にありえない選択肢となってしまった。
日本の対米政策は対中政策と補完関係にある訳だが、保守派何度も米国依存を減らし、中国と米国と等距離を模索しようとする動きが根強く存在するが、その流れは大きく退潮してしまった。
4.大国の自閉症=第1次大戦前のドイツと同じ病
安倍首相が現在の東アジア情勢を第1次大戦前のドイツ・欧州情勢との類似に言及し、物議を醸したが、ルトワック氏もその類似を主たる論点に据えている。
1890年代から第1次大戦までのドイツは産業革新の面で英国を追い抜きつつあった。化学分野、鉄鋼産業、電気産業でドイツの優位はゆるぎないものになったのみならず、階級闘争に明け暮れる英国を尻目に老人・障害者年金、健康保険と労災保険の導入によって、労働者の環境は英国よりも遥かによく守られていた。
その赫々たる急速な台頭という成功が傲慢さを生み、自制心を効かなくさせてしまった。海軍の大拡張に乗り出したことによって、英国の警戒心を掻き立てた。英国は宿敵フランスとの協商を成立させ、専制国家として違和感を隠さなかったロシアとも同盟関係を樹立した。
新興大国の急速な台頭、一見大成功は得てして独善的傲慢さに陥り、他国の心理・動向が見えなくなってしまい、自制心が効かなくなってしまうものらしい。しかも戦術面ではシュリーフェンのような戦術の天才が出現するから始末が悪い。そして大戦略を見失ってしまうのだ。
過度の成功を収めた中国には、過度の成功を収めた昔のドイツと同じように、中国はその威嚇的な対外姿勢でヴェトナム(中共とイデオロギーを同じくする共産主義国家で、かつて米国と戦争したにもかかわらず)、蒙古、フィリピン(1992年には高まる反米感情を背景にスービック基地から米海軍を追い出してしまった)を敵に回してしまい、オーストラリアは対中貿易の最大受益国にであるにもかかわらず、率先して対中包囲網の形成を主導するにいたった。「中国が大小の国家を反中同盟と言う形で団結させてしまい、これからの自分たちの拡大を相手に封じ込められてしまうように立ち回ってしまう」と言う自滅的なプロセスに陥りつつある。
著者の地政学・地経学的学識を裏づけにした中国への警告は説得力がある。一読の価値ありと考える。
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