中国の夢想「中国のGDPは米国を抜く」日は来るのか? そして日中関係は?
このところ手詰まり状態にあって、打開の糸口すら見つからない日中関係が気になりだして、6月から7月にかけて日中関係に関する書物を集中的に読んだ。これはその読後感である。
【I】遠藤誉筑波大名誉教授「チャイナ・ジャッジ―毛沢東になれなかった男」(朝日新聞出版)
著者は1941年に長春に生まれた日本人女性。東京都立大学大学院卒。理学博士。
東京福祉大学国際交流センター長。
中国で人材開発などの要職につき中国高官たちとの交流も深い。
現在の腐敗した中国共産党政権に対しては鋭い批判をする。
2012年2月、重慶市副市長・公安局長の王立軍が、アメリカ領事館に逃げ込んだ。
「俺は中国のプレジデントになる」と語り、黒社会(暴力団)・腐敗撲滅や毛沢東讃美(赤いノスタルジー)で大衆の熱狂的な支持を得つつあった重慶市書記・薄煕来の右腕だった男の逃亡理由は、なんと「薄煕来に殺される」ということだった。
現中国誕生以来の奇怪な事件はそれで終わらない。
待っていたかのように、中共中央は薄煕来は書記を解任され中央政治局委員、中央委員の職位を奪われる。
さらに、妻の谷開来をイギリス人殺害の容疑で逮捕する。
彼女は「金銭上のトラブルから息子の安全が脅かされた」ことが暗殺の動機だと陳述。本当は英国人スパイと交流があると疑われ始め、それが夫:薄煕来のチャイナ・ナイン(最高幹部)入りが危うくなり、息子:瓜瓜の将来に傷がつくことを恐れたのが真相ではないかと言う。
執行猶予2年付き死刑(2年間反省の情状が認められれば無期懲役に変わる)の判決が出て上訴はしていない。
本書はこの一連の事件の陰に隠された中国共産党の実情を文化革命にさかのぼって明らかにする。
事件そのものの真相に迫る。
スパイ小説を読むようだ。いや、事実は小説をはるかに凌駕する。
文化革命の初期に薄煕来は跳ね上がりの紅衛兵として、父親:薄一波を実験はと告発して、暴行を加え、肋骨3本を折ったという。それにも拘らず薄一波はそれを気骨がある。中国のトップの地位に着くにふさわしいと評価して、息子の昇進を画策し、工作したと言う。
共産党体制を墨守し子供たちの出世や不正蓄財などの既得権益を守り抜こうとする守旧派と戦いながらも体制護持のためには妥協を重ねて胡錦濤から習近平への政権移行を図る胡錦濤の苦闘。
中国中央が見かけ以上に累卵の危うきにあることがわかる。
「裸官」という現象は現中国の役所自らが調査して特集リポートを出版している。
子供を海外に留学させ、お金も妻も海外に送って、自分自身は真っ裸の状態で官位にいる。それが「裸官」だ。
賄賂などの不正蓄財(判事などは受け取らないと保身すらできないと言われる)を海外に移しマネーロンダリングする(洗銭と言い、「反洗銭法」もある)。
薄煕来・谷開来夫妻の子供の瓜瓜もイギリスに渡り、ハロー校、オックスフォード大学に留学、莫大な金を浪費・豪遊をしている。
そしてイギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリア、、などの中国の共産党独裁を批判し、民主化を叫ぶ西欧各国が実はこうしたチャイナ・マネーを欲しがり「投資移民」を「熱烈歓迎」しているのだ。
「中国共産党の現支配体制が生んだ腐敗構造と不正蓄財」と、「欧米諸国の投資移民受け入れ政策」が全地球規模でネットワークを形成し提携を結んでいる。
毎年、2・6兆円の中国の資産が投資移民によって海外に流れていく。
そのほとんどが、一円の食べ物を買うのにも苦労している底辺層を含めた国民の税金から来るのだと、著者はいう。
日本における爆買い、温泉土地や山の購入などチャイナ・マネーは世界を制覇するかもしれない。
【II】高島俊男「中国の大盗賊・完全版」
高島俊男は1937年相生生まれ。姫路東高→東京大学経済学部を卒業後、銀行に5年勤めたが、大学院人文科学研究科中国文学科に入り、前野直彬らの指導の下で学んだ。文革後の中国文学、唐詩、「水滸伝」などの研究が中心。母親の介護のためしばしば大学を休んだところ、「そんなに学部の会議に出られないなら辞めてくれ」といわれ、岡山大学助教授を辞職。以降は在野の研究者だが、1994年-1997年には愛知大学で非常勤講師として中国近現代文学を講義していると言う。
中国乱世の群雄たちも勝者たる皇帝も、言わば盗賊だという視点が新鮮だ。盗賊は農村の食い詰め者やならず者を吸収して巨大化し、人足女子供もろとも転戦し略奪して力を貯める迷惑な存在。それが天下に近づくとようやく人心に配慮しだして、文人層の助力を得て組織を確立し王朝を建てる。ただの歴史話ではなく、現代の中国共産党もやったに過ぎない。毛沢東は、中国・盗賊上がり皇帝の一人でありマルクスやプロレタリアとかとにはあまり関係ない存在であるという。ただし、毛沢東は他の盗賊上がりの皇帝と違い中国の古典に関しては詳しい、知識人であった。最後の盗賊皇帝毛沢東は反右派闘争、大躍進、人民公社、文化大革命と何回もブチコワシをやらかし、3000万人もの餓死者を出し、中国人民の活力を奪ってしまったと言う。
【III】国分良成防衛大校長編「中国は、いま」。
この本の初版はは2010年秋の五中全会の最中に発生した尖閣での漁船拿捕事件によって日中関係が一気に悪化した後の2011年3月18日に発行された。後に防衛大学校長になる国分良成慶応大教授が学会初め各界の中国問題専門家に寄稿を依頼し、纏め上げたものである。
いずれにしても厄介な国が隣にあってしかも世界の大国として台頭し始めた事態にどう対処すべきか、我国にとってまことに頭の痛い問題であることが良く理解できた。
リーマンショック以降の先進国が経済危機に陥っている時期に開発独裁の機動力をフルに発揮して、巨額の財政出動を行い、一気に世界第2にの経済大国に駆け上がった。
その頃から、平和台頭路線から過激なナショナリズムを煽る対外強硬海洋進出路線に転換し、南沙諸島、尖閣列島の領有権を主張する実力行使に踏み込むようになった。その傍若無人のむき出しの大国意識は世界の顰蹙を買い、中国異質論が膨れ上がった。一体その背景にあるのは何かを探ろうとするのがこの書物の目的である。
マスコミの解説にも良く見られるが、一党独裁でマルクスレーニン主義の理想とは裏腹に共産党に連なる権力集団が政治腐敗によって富を独占する猛烈な階層格差(階級はなくなっていることになっているらしい)の矛盾を覆い隠すために過激なナショナリズムに訴え、偉大な中国の復権と言う夢に訴えざるを得ない状況と言う。
しかし、噴出し始めた社会不満を押さえ込むために軍、公安、武装警察隊などの治安機構の予算と存在感は増大し続けている。力による安定は本当の安定ではない。それは内実が不安定だからである。これらの武装勢力も既得権集団と化し、統治機構内での発言権を増していると言う。
しからば何故このような過激なナショナリズムが大衆を惹き付けるのか? 中国は歴史上極めて長い間、世界一の大国の座を占めていたが、18世紀初頭以来、西欧列強に蹂躙され、半植民地状態に陥った。それが改革開放以来の長期の高度経済成長によって、世界第2位の経済大国の地位を回復したのに、実際は海外旅行をするにも、殆どの国からビザを要求される二流国扱いをされており、その自画像とギャップに劣等感をかきたてられるらしい。精神医学によるとフラストレーションは攻撃を引き起こしやすく、自尊心の回復を目的とした攻撃はフラストレーションのカタルシスであるというが、中国人は単なる幼児的退行状況にあるのかもしれない。
ある雑誌で日本留学経験のある中国人が
「自分たち中国人がのどから手が出るほど欲しても手に入れられない安心や安全を、日本人はいとも簡単に手に入れている。
どんなに高い空気清浄機を使っても、どんな高級マンションに住もうとも、大気汚染は個人のお金や努力では解決できない問題だ。先ごろ中国の有名ブランドのミネラルウォーターの安全基準が水道水より低かったという衝撃的なニュースが流れたばかりだが、こんなに豊かになったはずの中国で、赤ちゃん用の安全な粉ミルクさえ十分に手に入らず、香港まで買いに行く始末だ。高級料理店に行ってどんなに高額な料理を注文しても、必ず安全な食材を使っているという保証や確信を中国人は持つことができない。
お財布には現金やカードがどっさり入っていても、内心は心細く、日常生活にさえ不安やイライラを抱えながら生きなければいけない。
中国人はノービザで行ける国はほとんどないのをご存知だろうか? どんなにお金持ちでも、中国国籍である以上、ほとんどの国に行く度にビザが必要でパスポートの信頼度も低い。だが、日本は全く逆で、ビザが必要なのはインドなど数カ国だけに限られる」と中国人の心理を分析した上で、日本人が普通の状況が、中国人の劣等感を刺激すると言うのだ。
そして次のような提案をしている。
「なんで、日本人ばかりが中国人に気を使い、譲歩しなければいけないのか?」という意見もあるかもしれない。私は引っ越しできない“ご近所つき合い”という関係では、どちらが上とか下ではなく、まず自分が謙虚な気持ちになって「こんにちは~」と門をたたき、歩み寄らなければ、いつまでたっても良好な関係は築けないと思う。もちろん、門をたたく勇気を持つ方が「大人」だ」と。
あまり気持ちのよい、すっきりとした解決策ではないが、こういう迂遠な方法での関係改善しかないのかもしれない。本書にも登場する緒方貞子国連難民高等弁務官の「ワイズの国民とは多様性を理解できる人たちです」という言葉を励みとするほかない。
【IV】津村俊哉(現代中国研究家)「中国台頭の終焉
津川氏は通産省出身。天安門事件当時北京の大使館で通商アタッシェを務めた。
中国の高度経済成長は峠を過ぎ、潜在成長率5%そこそこの成長への減速を迫られており、既得権益と化している共産党支配と国営企業の改革に切り込まなければ、その成長率維持すらも難しいと言う。
短期的にはリーマンショック後に発動された「4兆元(60兆円)投資」は効果も劇的だったが、後遺症も劇的。投資需要の先食い。不動産バブルの発生による不良債権の増加に苦しむ。中期的には「ルイスの転換点」を過ぎた中国は今後賃金、物価が上昇するので、生産性や付加価値を物価上昇率を上回る以上の速さで高めていかなければならない。これが「都市・農村の二元構造」、「国進民退」による非効率な国有セクターの跋扈などによって、この解決は容易ではない。更に長期的には一人っ子政策によって、出生率は1.18(北京、上海は0.7強)にまで低下し、生産年齢人口は2010年に既にピークアウトしている。これは人口ボーナスを享受する時期を過ぎ、2020年以降、日本を上回る速度で、人口オーナスに悩まされる時期に突入する。一人っ子政策の放棄転換すらも全国津々浦々張り巡らせた人口政策当局の既得権益(違反者から罰金、賄賂を受け取る)に阻まれて、容易ではないと言う事実には驚いた。国有企業、共産党権力層の既得権益の巨大さ、その抵抗力は大変なものだろう。
従って中国が夢想する(そして世界の大多数の人々がそれを信じさせられている)「中国が米国のGDPを抜く日は来ない」と言う指摘は重い。何しろ米国は少子高齢化の影響を受けない唯一の先進国だからと言う。
中国が果敢に既得権益層に切り込む改革が進まなければ「中国台頭の終焉」は数年内にはっきりする。中国共産党も、開朝後数十年間隆盛を誇った後、停滞に陥った歴代王朝の顰に倣うことになるだろうとも指摘している。「つい先日まで、我々は中国人が怖かった」と、最近ポール・クルーグマンはニューヨーク・タイムズに書いた。「今や我々は、彼らのことが心配なのである」と。
このような問題を抱えている中国は歴史トラウマによる劣等感と漢奸タブーからのフラストレーションから「国家の核心的利益」を振り回して、軍拡と対峙外交をしている余裕はないはずである。
それにしてもリーマンショックで気息奄々の欧米経済を尻目に4兆元投資のお陰で劇的な回復を遂げ、世界第二の経済大国に駆け上がり、歴史トラウマが癒えたら、今度はベトナムやフィリピンに「小国の分際で・・・・」と言わんばかりの傲慢さで「後れて弱い国」を見下すというのでは国家の品格が疑われる。
最後の「結び」での日本についてのコメントにも感銘を受けた。「マンガ、アニメ、カワイイファッション、演歌などのサブカルチャー世界で普遍的に若者を魅了している。それは日本語の構造や語彙が日本人の考え方や対人関係をかたち作っている。empathyと言う言葉があり、それは『他者の立場に立って、他者のことを思いやる』ことを指す。『我が客体たる他者に対してするsympathyとは『立ち位置』が違う。私はempathyにたけた日本の文化対人関係が外国人をひきつけるのではないかと考えるようになった。サブカルチャーはきっとそういう『日本ワールド』への入り口なのだ。これからは『必要に迫られて国を開く』ではなく、そういう良さを活かして世界から『人を惹きつける』時代にすべきだと思う。招き入れた外国人をやさしい日本色に染め上げてしまうのだ」と指摘し、『日本と日本人の新しい途の拓き方を世界に示し、緊張と対立ばかりの21世紀世界にempathyの気風を広めることが日本の課題であると思う」との提案は貴重である。
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