ダイヤモンドＵＣＬＡ教授「文明の崩壊」を読む

ジャレド・ダイヤモンドＵＣＬＡ教授
「文明の崩壊―滅亡と存続の運命を分けるもの」を読む

　題記の書物はモンタナの農場、イースター島、英国戦艦「バウンティ」号の反乱水兵達が逃げ込んだ南東ポリネシアの島、バイキングの植民地、マヤ文明、ノルウェー領グリーンランド、現代アフリカなど。人口増加とそれに伴う環境破壊によって人類生存の基盤を失って、自滅していった文明の物語である。
　その全てを紹介するのは手に余るので、元海運人として最も関心をそそられた南東ポリネシアの三つの島の物語を紹介しておきたい。

　何世紀も昔、ある肥沃な島に移民がやって来た。その島は無尽蔵の自然資源に恵まれていたように見えた。産業にに利用出来る原材料のうち、足りないものが幾つかあったが、運のいいことに、他のもっと痩せた島々に原材料があったので、海を渡って交易を行えば、簡単に手に入れることが出来た。暫くの間、全ての島々が栄え、人の数も増えた。
　しかし、やがてこの恵まれた島の人口が、豊富な資源でも支えきれない数にまで膨れ上がってしまった。森林が切り倒されて土壌侵食が起こり、農業生産力が低下すると、最早余剰の農産物を輸出することも、船を製造することも、島民達がまともに食べることすらできなくなった。交易が衰退するにつれて、輸入していた原材料が不足し始める。内乱が広がり、地方の武将が次から次に入れ替わり、従来の政治制度が覆される。恵まれた島の飢えた大衆は、人肉食に依存して命を繋いだ。その島と海上交易を行っていた島々の民は、更に悲惨な運命に見舞われた。頼みの輸入品が断たれると、今度は自分達の島の環境を荒らし始め、遂に生存者が一人もいなくなるまで破壊し続けたのだ。
　
　これは南東ポリネシアの三つの島で展開された歴史である。人類がポリネシアの西方から移住してくるのに最も近いマンガレヴァ島は、最も生存に適した島で、比較的高い山があり、湧き水と間歇河川が出来るだけの降雨量があったので、サツマイモやヤムイモなどの作物を栽培できた。また樹木にも恵まれていた。しかし、この島の最大の弱点は手斧などの石器の材料となる石に恵まれていなかった。しかし、運のいいことに、５００㌔ほど東にあるピトケアン島によって見事に補填された。この島で切断作業に使う鋭利な道具を作るのに適した火山ガラスが見つかった。また手斧の材料となる良質の玄武岩も見つかった。
　もう一つの島はヘンダーソン島である。海面から３０メートルほど隆起したに過ぎないこの島は多孔質の石灰岩からなるこの島は保水力がなく、真水を得ることも難しく、樹木や農作物も育たない。しかし、そういう数々の不利を補うだけの魅力もあった。サンゴ礁の内側とそれに隣接する浅瀬にはロブスター、カニ、タコ、魚類、貝類が豊富に住んでいた。またアオウミガメの営巣地もあり、１７種の海鳥も簡単に手で掴めることが出来た。
　このようにして三つの島の間にはマンガレヴァ島の農産物と、ピトケアン島の鉱石、ヘンダーソン等の水産資源を交換する海上貿易のネットワークが形成され、かなり長い期間にわたる繁栄の時代を享受できた。しかし、その結末は上記の通りである。

　私が元海運人として、興味をひかれたのは、マンガレヴァ島の環境破壊（人口増を賄うために樹木を伐採して、畑に変えた）によって、カヌー用の木材が確保できなくなって、南東ポリネシアの島同士の交易に終止符が打たれたことである。母島マンガレヴァ島との絆を断たれたピトケアン島とヘンダーソン島の住民の運命が悲惨極まるものであったことは想像に難くない。
　
　ダイヤモンド教授は「この苛酷な筋書きは、アメリカ合衆国とその交易相手との未来を指し示しているのだろうか？」と自問自答している。日本はとてもマンガレヴァ島という訳には行くまい。我が国としては中期的には海上輸送力の確保を最優先すべきだし、長期的には環境保全と両立する形での農業を再確立し、最低限の食糧自給体制を整えるべきであろう。

　これらの島々で展開された物語は、時間的空間的にあまりに遠すぎて、現代社会との関連を見出せないと思われるかも知れないが、現在のグローバル化の拡大はこの南の島での悲劇をより大きく拡大した形で再現しようとしているのではないか？　現代のグローバル化の拡大と、全世界における経済的な相互依存関係の増大について、利点と同様にリスクの面からも考えておくべきであろう。