後期高齢者医療保険にもの申す―保険は「大数法則」に立ち返れ！

　後期高齢者医療保険制度が国論を二分する大議論になっている。
　不思議なことに、これを設計した厚労省からも、保険理論から見た本質的な議論がまるで聞こえてこないことである。国際政治学者で、根源的な（radical)議論に馴染んできたはずの桝添大臣も、まるで保険理論を無視したような議論をする。　
　曰く「後期高齢者の負担が軽くなるかどうか」　とか「これ以上若い世代に負担をかけられない」とか、末梢的な、若しくは技術的な議論しか聞こえてこない。日本の政治や、行政はレベルが低すぎるように思える。
　欠けているのは、それが保険システムの根幹を成す「大数法則」から見て、どうかという議論である。わが国の商法には「損害保険契約は一方が偶然なる一定の事故によりて損害を生ずることあるべき損害の填補をすることを約し相手方が之にその報酬を与うることに因りて其効力を生ず」（629条）と書かれている。
　例えば火災保険の場合、ある住宅の持ち主は保険会社を相手に自分の家が焼けるだろうという賭けをしているようなものだ。若し焼けなければ、僅かではあるが、保険の掛け金を失い、損をする。しかし保険会社のほうは賭けをしているわけではない。何故ならば、個人については予見が不可能で運を天にまかせるほかないことであっても、多数の人達を全体としてみれば十分に予見が可能であるからである。それが大数法則である。
　サミュエルソンの「経済学」には、「数が多いというだけでは足りない」用心深い火災保険会社であったら、その活動をマンハッタン地区 ― 例えそこに何千という建物があるにしても ― だけに限定するようなことはしない。不確かな事象はお互いに独立しているのでなければならない」と書かれている。
　保険システムの根幹は出来るだけ多くの契約を一本化して、リスクを広く浅く分散することによって、掛け金の低減化を図り、保険料掛け捨てという賭けのコストを引き下げ、経済主体の合理的な判断として、保険契約に誘導するにある。
　このような保険理論の根源に遡って、今回の騒動を見てみると、高齢者医療保険制度は根本的に間違っていると断ぜざるを得ない。言うなればサミュエルソンの言う「マンハッタンでのみ営業活動をする」無用心な保険会社と同じである。
　大数法則からすれば、７５才以上を分断するなどもってのほかであり、大数法則から見て最も理想的な皆医療保険制度は年齢別はもとより、職域、都道府県別の運営を廃止し、全国一律の医療保険制度を確立すべきだということになる。
　更に付言すれば、民間の医療保険を見ても、若年世代から継続的に保険をかけ続ければ７０歳になっても８０歳になっても、若いときの安い料率が適用されている。長い間掛け捨てで保険料を積み上げてきたからである。７５歳からいきなり過去の保険料支払を無視して、後期高齢者の保険会計を分離し、負担の大きさを際立たせる今回の改正は、如何に議論を弄しようとも、高齢者に対する悪辣な嫌がらせと取られても、致し方あるまい。