最近の急激な石油価格の高騰は化石燃料に依存した経済が長期的に存続しうるのだろうかとの懸念を再度呼び覚ましている。悲観論者は、エネルギー需要は増加する一方である中で、石油生産は既にピークに達しつつあって、間も無く減少に転じるであろうと主張する。
<エネルギー逼迫時代が迫りつつあるのか?>
世界の石油の確認埋蔵量は数兆バレルの単位であると言われているが、これの意味するところの正確な説明は殆ど無い。石油の埋蔵量は possible、probable、proven に分類される。確認埋蔵量(proven) というのは、一定の量の石油を経済的に回収し得る可能性が90%以上であることを意味している。これに対して Probable は50%以上の可能性があること、Possible はその可能性が10%以下である。
現時点での世界の石油の推定確認埋蔵量は1兆~1兆2000億バレルと考えられている。米国の地質調査所の調査によると、既知の油田から追加的に7000億バレルの石油が採掘可能になるかも知れないという。またこの調査では更に1兆バレルの油田が、発見と開発を待っていると見積もっている。
これを合計すると約3兆バレルとなり、現行の消費量の割合だと、100年分の供給に相当する。この見通しだと、石油危機などは杞憂として消失してしまう。
しかし、油田からの回収可能量の計算根拠は厳密なものではないし、透明性もないので、3兆バレルの推計を唯々諾々と受け入れるわけには行かない。超楽観主義や希望的観測によって、50%の Probable埋蔵量は紙上では、いとも簡単に確認埋蔵量になってしまう。現にOPEC諸国が報告している7000億バレルの埋蔵量の内、3000億バレルは怪しいものだとの見方もある。
<油田以外から石油を生産できる可能性について>
カナダのアルバータ州とベネズエラのオリノコ河流域には油田での埋蔵量を上回る6兆バレルの重油がオイルサンドという形で埋蔵されていると言う。さらには天然ガスと石炭から数兆バレルの石油が抽出できる可能性がある。石炭を石油に転換することを提案している人たちは1トンの石炭から4バレルの石油を抽出できると主張している。しかし、事情はそれほど単純ではない。石炭やオイルサンドから石油を抽出するには大量のエネルギーを必要とするので、その分化石燃料を消費してしまうことになる。現在既にオイルサンドを採掘し、その重質油を改質する作業が行われているが、大量の天然ガスを消費している。
<ピーク・オイル理論は正しいか?>
ピーク・オイル理論は最初1956年に Marion King Hubbert によって提起された。同氏は「特定の地域―それが油田であれ、国であれ、地球全体であるとを問わず―の石油生産量はベル型のカーブの軌道を描く。最初は指数関数的に急速に増加し、ピークに達し、その後終末に向けて急速に減少していく」と主張した。油田からの生産は最大量に達した後は産出量ゼロに向かって、次第に減少していく。
ヒューバートは米国の石油生産が1965年と1970年の間にピークを打つと、かなり正確に予測した(実際のピークは1971年だった)ことから、彼の業績は広く注目されるに至った。
何時の日にか世界の石油生産がピークを迎えるとしたら、それは2010年と2030年の間のある時期であろうと予測されている。その時点からは世界の石油生産は年率2~6%の割合で減少していくと考えられる。
<国際安全保障問題への波及>
石油飢饉は国際情勢、特に安全保障の領域に甚大な関わりがある。この問題は五つの局面で特別の注意が必要である。第一にエネルギー輸出国の立場が如何変化するかである。第二には輸入国、特に主要工業国への影響である。第三には一部の国家が経済を機能させるに必要なエネルギーの確保に失敗し、破綻国家となってしまう極端なケースである。4番目としてはエネルギー資源獲得を巡って武力衝突の危険性が高まる場合である。最後に五番目として、原子力エネルギーの利用が急激に広範囲に広がる可能性についてであり、それに伴う危険性がさらに悪化する懸念についてである。
<石油危機に対応するために何をしたら良いのか?>
迫り来る資源不足時代に備えて、資源輸入国は石油輸入のコストとエネルギー輸出国の影響力増大を極小化するように努力しなければならない。各国政府はエネルギー効率を極大化し、代替エネルギー源の開発する競争に遅れをとってはならない。資源紛争の結果としての供給途絶や、原子力発電への過度の依存から来る危険、国家の破綻から起きる国際秩序への脅威を極小化することは大部分の国家にとっての関心事である。
結局のところ、経済活動を支え、影響力を維持する国家の能力は、軍事力ではなく、むしろオイル・ショックから自国経済を隔離する能力にかかっている。要するに化石燃料への依存を如何に早く減らすのに成功するかである。全ての国家が取り組まなければならない問題は、迅速な変化を実現する方法である。
<結論>
石油価格の高騰は石油輸出国への外貨資金の流入を意味する一方で、同時に石油輸入国側では経済停滞のリスクが増大することを意味する。しかし、エネルギーを最大限に効率的に消費し、化石エネルギーに代わる代替エネルギー源を活用し、大幅な貿易収支の黒字を維持している国が受ける影響は遥かに軽微である。主要先進工業国ののうち日本及び西欧諸国のエネルギー使用効率は米国よりも遥かに優れている。統計上のデータによれば、GDP1単位を生産するために、米国はフランスよりも30%も多く、日本よりも40%、英国よりも50%も多くのエネルギーを消費している。
日本および西欧諸国の経済が、米国よりも遥かにエネルギー使用効率が良いという事実は石油1バレル当りのGDP生産額の格差に反映されている。石油1バレルで米国は1750ドルを生産しているのに対し、日本は2000ドル、フランスは2400ドル、ドイツは2500ドル、英国は2900ドルを生産している。現在では労働者一人当たりの生産性が主要経済指標であるが、近い将来石油1バレル当り、もしくは1熱量単位(Btu)当りの生産性が国家の経済競争力の主要指標になる公算が大きい。
政治評論家 Kelvin Phillips氏は「歴史の特定のある時期における主要エネルギー源の変化が、覇権国家の勃興と衰退に符合している」ことを論証している。かくして英国が開発した石炭と蒸気機関の時代が終わるとともに、英国の衰退が始まったが、同じように石油時代が終わるとともに、米国の衰退が始まるかもしれない。
中国のエネルギー使用効率は大まかに言うと米国並である。また中国は特に石炭の大量消費国であり、年間の絶対量で米国の2倍を消費している。
この歴史観からすると、エネルギーを爆食する米国は最終的には世界の覇権国家としての地位を失うかも知れないし、中国の覇権国家としての勃興も夢のまた夢と言うことになってしまう。
昨年、スウェーデン政府は「2020年までにスウェーデンの化石燃料依存を終わらせる計画だ」と宣言した。洞爺湖サミットを控え、二酸化炭素の排出制限目標を巡っての熱い論争が続いているが、それは裏にはもっと切実な石油危機という二酸化炭素の原料供給源そのものが、姿を消しつつあると言う現実があることを忘れてはならない。
迫り来る石油危機を契機として、世界の様相が大きく変わるかもしれない。
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