原子力ルネッサンスの到来―地球温暖化問題解決の切り札
地球温暖化現象が身近に実感できるようなった昨今、我が国は「京都議定書」で約束した二酸化炭素排出量の削減目標である1990年から2010年の20年間で高々6%減少も実現できず、かえって増やしてしまった。それを「今後ほぼ40年間で50%も減らす為には、どういう策があるというのか」素人なりに考え込んでしまう。
提案者の日本には、その対策は未だに何も提示していないが、世界は着々と準備を進めているように見える。米原子力規制委員会は個々数ヶ月のうちに7立地、12基の原子炉の新規建設計画申請を受け付けると見られており、更に来年には11立地、15基の原子炉建設計画を審査する準備を進めている。これは30年ぶりの原発新規建設計画の申請だという。石油・天然ガスの高騰や地球温暖化問題を背景に、世界は「原子力ルネサンス」の時代に入ったと言われる所以である。
<原発冬の時代―スリーマイル島とチェルノブイリ>
西側諸国では破滅的な放射能汚染に曝されたことはないけれども、原発の安全性については数々の汚点がつきまとっている。1986年のソ連、現在のウクライナでのチェルノブイリの原発事故は欧州全体に放射能を撒き散らし、西欧諸国の原子力産業を絶望の淵に追い込んでしまった。それより前1979年に発生した米国ペンシルバニアのスリーマイルズ島の原発事故は原子炉が過熱し、溶解し始めて、チェルノブイリ事故と同様の危険な状態に陥る寸前であった。これよりも規模は小さいが、安全が脅かされる事件や疑惑が英国、ドイツ、スウェーデンを含む多くの国で発生している。また我が国では中越地震によって原子炉から少量の放射性物質が漏れたのも記憶に新しい。
このスリーマイルズ島とチェルノブイリの原発事故によって、原子力産業は壊滅的な打撃を受けた。一般民衆は恐怖に脅え、原発産業への規制は強化され、コストは増大した。赤字を垂れ流す原発会社を救済するために、何十億ドルもの公費が投入された。原発会社は嘘つき、秘密主義、税金泥棒の代名詞となった。20年もの間、政府も銀行も原発と関わりを持とうとはしなかった。
<原子力ルネッサンスと石油依存脱却>
今、原子力産業に第二のチャンスが訪れようとしている。原発回帰が最も鮮明なのは上述のように米国である。もし上記の原子炉建設計画がすべて実現すれば、原子炉基数は3割増となる。米国では石炭火力が総発電量の50%を占める。原子力と天然ガス火力が各19%。石油火力が3%(05年現在)であるが、新しい原子炉は旧来の原子炉よりも出力が大きいので、発電量は3割増よりも相当多くなる。
米国以外の国でも流れが変わりつつある。フィンランドでは原子炉1基を建設中であるし、英国では原子炉新設計画の新基準制定を用意しつつある。オーストラリアは豊富なウラニウム資源を保有しているが、これまで原子炉を1基も持っていなかった。ジョン・ハワード前首相も「原発はオーストラリアにとっても不可欠である」と言明していた。
活発なのはロシア・東欧だ。ロシアは30年までに電力の25%を原発で賄う方針で、15年までに構想段階を含め10基の運転開始を予定している。ルーマニアが4基を建設中のほか、ポーランドなど4カ国が共同でリトアニアに建設する計画が進んでいる。「脱原発」を掲げてきた欧州各国でもオランダ政府が06年、20年間の運転延長を認め、ブレア英前首相が「原発の再評価が大きな課題だ」とするなど、風向きは微妙に変わりつつある。
「アジアでも原子力発電が拡大しており、近い将来、新たに複数の国々が乗り出すだろう」と、IAEAのエルバラダイ事務局長は7月、マレーシアでそう講演した。例えば中国では9基が稼働しているほか、フランスの技術を基にした国産原発を2005年末から建設中だ。建設・計画中が少なくとも計10基ある。
インドは未決定のものを含め14基の計画があり、今年末にも政府が正式に承認する見込みだという。インドネシアやベトナムでも2~4基の計画がある。このほか、カナダでは米国境近くの州に原発を造り、米国東北部に電力を供給する案が検討されているという。
正しく管理運転されれば、原発回帰は朗報である。地政学及び、技術、経済、環境問題の全てが原発に有利な方向に変化しつつある。
欧米諸国の政府は世界の石油とガス資源の大部分が敵対的で政情が不安定な国の政府の手に握られていることに懸念を持ている。これに反して、具合の良いことに原発産業の原料であるウラニウムはオーストラリアやカナダのような友好国に豊富に存在している。「石油依存症からの脱却」、ひいては「中東依存脱却」を狙うブッシュ政権も後押ししているのもこの辺の理由による。
原子力の安全性についても、次世代の原子力発電所はかつての原子力プラントとは面目を一新したものとなっていると言われている。米国のGE、ウェスチングハウス、フランスのAREVAなどの原発メーカーは原発の安全性についての懸念は完全に過去のものになったと主張している。最新設計の原発は現存の原子炉よりも単純な設計になっており、その分安全性が高まっているし、建設費は割安となっており、修繕費も安上がりで、運転コストも低廉である。
昨今でも既に米国での原発稼働率は90%にまで高まっている。1970年代にはトラブルが相次いだ結果、稼働率は50%以下であったのと比較すると、隔世の感がある。一方、日本では続出したトラブルや不祥事で、長期停止が増え、ここ10年の最高稼働率は98年度の84%。東電のトラブル隠しが発覚した02年度以降は50~70%台で低迷している。また最新の安全装置の特徴は緊急時には人間が関与しなくても自動的に原子炉の運転を停止する。
7月16日の新潟県中越地震による柏崎刈羽原子力発電所の停止についても、専門家の間では「あれだけの地震が起きたにも拘わらず、『止める』『冷やす』『閉じ込める』という、工学的な安全防護システムが完璧に機能したことは重要な事実として評価すべきである」という声が高い。短期的な報道にとらわれることなく、冷静で客観的な分析が要求されるという訳だ。
<ガス価格高騰と原発の優位性>
建設費が割安となりつつある原発設計技術の革新は原発の経済的優位性を高めつつある。化石燃料の逼迫も原発優位に拍車をかけている。原子力発電所は膨大な建設費がかかるが、運転費用は非常に安いと言う特徴がある。一方、1980年代と1990年代の大量に建設されたガス火力発電所は正反対である。米国では電力需要が増加した時、ガス火力発電所が電力追加供給の役割を果たすので、ガス価格が電力の卸売価格を決定することになる。現に過去数年間電力価格はガス価格の高騰に比例して、切り上がってきた。一方原発の運転コストは比較的安定している。米エネルギー情報局(EIA)によると、2005年の電力卸売価格は1キロワット時(kwh)あたり、5セントであったと言う。処が業界団体である原子力エネルギー研究所の計算によると、米国の原発の運転コストの平均はkwh当たり1.7セントだと言う。実に約200%の超過利潤(差額地代的なもの)が得られる計算となる。従って、今後天然ガス価格が更に上昇していけば、現存の原発の利益率は止め処もなく上がっていくと考えられる。
<原発は気候温暖化解決の最終的な決め手か?>
原発回帰を推し進める原動力は地球温暖化が目に見えて進行し始めたことによる。原発は石炭火力よりもクリーンで、ガス火力よりも確実で、風力よりも頼りになるベースロード電力を大量に供給する能力がある。もし自動車の動力が将来石油内燃機関から、家庭用電源からの充電による電動機に移行するならば、二酸化炭素を排出しない電力の需要は更に増大するであろう。その結果、原発のイメージは公害産業から環境に優しい産業へと変化するであろう。
原発の道義面でのイメージチェンジは「原発の敵」を内部から分裂させつつある。一部の環境主義者は未だに原発への反感、嫌悪感を棄ててはいないが、James Lovelock(イギリスの科学者であり、作家であり、環境主義者であり、未来学者。地球を一種の超個体として見たガイア理論の提唱者として有名)、Stewart Brand(米国の環境学者)や、Patrick Moore(グリーンピ-スの創設者)などの環境保護運動の権威者は考えを変えて、原発の擁護者に変身した。
ラブロック博士はその著作 「ガイアの復讐」(中央公論)のなかで(P.50~ 51)彼の原発観を次のように語っている。
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「再生可能なエネルギーは聞こえはよいが、今のところ効率が悪く高くつく。将来性はあるものの、非現実的なエネルギーを試している時間が今はない。文明が切迫した危機状態にあり、今こそ原子力を利用すべきだ。さもないと、激怒した惑星によってまもなく与えられる痛みに苦しむことになるだろう。
「原子力が地球に最小限の変化しかもたらさない安全な折り紙つきのエネルギーだと言う事実は受け入れなければならない。原子力は他の如何なる工学技術にも劣らぬほど頼りになるし、その安全性については、他の主要なエネルギー源の中で最高だということが実績によって証明されている」
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つまり、「人間の営みを、生態系の営みから出来るだけ切り離して、生態系に迷惑のかからないような独自のシステムを作っていく必要があるだろうということである。それではその時、一体人間は何からエネルギーを得るのかという問いに対するラブロック博士の答えは、それは原子力しかない」と言うことなのである。「現実的なエネルギー源としての原子力を想定しなければ地球環境問題の解決はあり得ない」と。
「地球を救う最善の方法は何か」について、世論は混乱から抜け出せていないが、環境主義の大家達の変心にも影響を受けて、次第に考え方を変えつつある。最近の英国の世論調査では原発反対派は30%に過ぎなかった。3年前には60%が原発反対であった。米国の今年3月の世論調査では50%が原発増強に賛成票を投じている。2001年には賛成は44%であったから、賛成派は有意に増えていると言える。
<原発の政治的リスク>
しかし、原発の経済性には未だに不安が残っている。それは原発の環境面での長所が電力コストに充分反映されていないからである。何故ならば化石燃料火力発電は環境被害のコストを全く支払っていないからである。しかし、一方原発は政治的リスクと巨大固定資本投資とが絡み合ったリスクを抱えている。電力会社が原子力発電所に何十億ドルもの投資をした後で、政治の風向きが変化して、再び反原発運動が吹き荒れるような事態に陥り、倒産に追い込まれるのを怖れている。従って銀行などの投資家たちも依然として警戒を解いていない状況にある。
しかし、原発の脅威は過大視され過ぎているのかもしれない。結局国連の調査によるチェルノブイリ原発事故の最終的な死者数4000人は中国の炭鉱事故による年間死者数を大幅に下回っている。
ラブロック博士も原発の危険性について下記のように反論している。
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「もし三峡ダムが決壊したら、おそらく猛烈な勢いで長江を下っていく波に呑まれて100万人の人が命を落とすであろう。チェルノブイリ原子力発電所が蒸気爆発を起こし、放出された放射能はウクライナとヨーロッパの広い範囲に撒き散らされた。多くの人々は、チェルノブイリ事故で100万人とはいかないまでも、幾万もの人々が命を落としたと考えている。しかし、チェルノブイリの直接的死者は75人に過ぎない。亡くなったのは発電所の労働者と消防士、そして勇敢にも燃える原子炉で火と戦い、事後処理を行った人々である。
さまざまなエネルギー源の安全性の比較については、最も信頼できる評価が、スイスのポール・シェーラー研究所から2001年に発表されている。その安全記録を比較するにあたり、世界の大規模なエネルギー源が全て調査された。彼らは1970年から1992年1テラワット年(1年を通じて連続的に作られ利用された10億キロワットの電力)あたりの死者数に、それぞれの危険性を示した。
1970年から1992年のエネルギー生産業のおける死者の状況
燃 料 死亡者数 死 者 10億キロワット年あたりの死者
石 炭 6400 労働者 342
天然ガス 1200 労働者と一般市民 85
水力 4000 一般市民 883
原子力 31 労働者 8
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一方、ごく最近まで石炭火力発電所は安全な投資先と見なされて来た。しかし今日では殆どの電力会社は「近い将来議会が気候変動を緩和するために、温室効果ガスの排出を制限する動きにでるのではないか」と怖れている。石炭火力発電所の耐用年数は40年以上といわれており、その間地球温暖化ガスを吐き出しつづけることになる。片や原発は温室効果ガスを全く排出しない。従って、石炭火力発電はそれ自身巨大な規制リスクを抱えていることになる。これらのメリットと、原子炉の技術革新によって、もはや1970年代、1980年代のような財務的メルトダウンは起こり得ないとの主張で、如何に銀行などの投資家を説得できるかが問題である。
<原発建設のリード役は日本>
今や公然と原発促進の立場に立ち始めた米国の原子力規制委員会(NRC)の首脳も「銀行が何らかの損害保証契約無しに米国の原発建設に融資する」ほど単純ではないと考えている。2005年に連邦議会で可決されたエネルギー政策法にはその保証を提供する仕組みが盛り込まれている。その法律は原子炉建設に4種類の政府助成措置を提供することを想定している。
①最初の6基の原発建設申請に対して許可手続きの遅延、原発反対の住民訴訟による損害に対して200億ドルの保険を付与する。②原発事故の際の電力会社の損害賠償責任を100億ドルに制限できることを規定した旧法の効力を延長する。③最初に建設された600万キロワットの原発が発電する電力については1キロワット時当たり1.8セント(2円強)の法人税を税額控除する。そして最も重要な措置としては④新規原発建設及び革新的技術を利用するその他のタイプの発電所建設の為の資金借入れに対して、無制限の政府保証を提供する、などである。
③については、前述のように「米国の原発の運転コストの平均はkwh当たり1.7セントだ」と言われているので、電力会社はただ同然で運転できることを意味する。
この秋の米国の電力会社によるNRCに対する原発建設・運転の大量申請を見越して、日立、東芝、三菱重工などの原発メーカーの動きが活発化している。突然の需要沸騰で3連合とも米国電力業界向けのPRに躍起となっている。
BWR(沸騰水型軽水炉)を手掛ける「日立・GE連合」と、PWR(加圧水型軽水炉)の「三菱重工・AREVA連合」、そして両方を併せ持つ「東芝・ウェスチングハウス連合」。20年以上前は11社あった世界の原発メーカーは、「三陣営」に集約されている。
BWRは核分裂の熱エネルギーで軽水(普通の水)を沸騰させ、その蒸気でタービンを直接回して電気を起こす。構造が簡単な一方、蒸気が放射能に汚染されるので、それを外部に漏らさないようにする必要がある。一方のPWRは圧力のかかった熱水を蒸気発生器に導き、別の冷却系でタービンを回す。構造は複雑だが、放射能に汚染された軽水を容易に閉じ込められる。
三陣営全てに日本企業が絡むのは、これまで海外での原発の新規案件が乏しい中、国内での継続的な受注からノウハウを蓄積してきたからである。一方海外を見ると、前にも説明したように米国はスリーマイルズ島での事故以来、30年間も1基の原発も建設されていない。ロシアのチェルノブイリ事故に見舞われた欧州も原発に否定的な姿勢をとってきた。国によっては新規建設が凍結されるなど海外各社は長い冬の時代を経験して次々と原発製造から撤退していった。その冬はようやく終わり、原発メーカーにも春が訪れようとしているように見える。
<天然ガスという選択について>
一方、これまで地球温暖化防止の切り札と考えれて来た天然ガスにも逆風が吹き始めている。天然ガスは多くの点で、ほぼ理想的な化石燃料と思われており、小型で効率の良いガスタービン発電所で電気を作るのに利用される。
政府や産業は二酸化炭素の排出を削減することで、地球温暖化に荷担した罪滅ぼしをしようとしているため、石炭や石油の代わりに天然ガスを燃やすのは大歓迎である。天然ガスの主成分は最も単純な炭化水素であるメタン、つまり炭素原子1と水素原子4からなる分子(CH4)である。石炭と石油と同じエネルギーを発生させるのに、メタン燃焼は二酸化炭素の排出が半分で済む。つまり、完全にガスによってエネルギーを供給すれば、二酸化炭素の排出が半減する。京都議定書のような国際協定で設定される目標をクリアするには打ってつけの方法だろう。
不運なことに、実際には天然ガスの一部は燃焼する前に空気中に漏れる。その総量はガスの2~4%にあたると2004年に化学工業会の報告書は述べている。。生産拠点から発電所や家庭へとガスを運ぶ何千キロに及ぶパイプラインでは、細心の注意を払ってもガス漏れが起きる。マックスプランク研究所の調査によると、ロシアの天然ガスパイプラインからは1.4%の漏出があること、それは1.5%と言うアメリカのパイプラインからの漏出と同程度であると報告している。それに生産地での漏出を加えると化学工業会の2~4%という数字になるのだろう。
メタン漏出の問題点はこの物質が二酸化炭素の24倍以上の高い温室効果持つガスだと言う点にある。
ガスの生産拠点は政治情勢の不安定な地域にあることが多く適切な管理は不可能に近い。テロリスト集団にとってパイプラインは格好の標的になる。
LNG化して巨大タンカーで運ぶ場合も漏出は免れない。メタンはマイナス160度Cで液化し、断熱した巨大タンクで運ぶことが出来る。タンクの壁ごしに熱が流れ込むと、液化メタンは沸騰し、一部が漏出する。
現在の世界では、石炭の代わりにガスを燃やせば、地球温暖化を抑制するどころか悪化させるとの考へ方が強まりつつある。
以上は世界中で進みつつある「原発復権・回帰」の動向を取りまとめてみた。短中期的には天然ガス火力発電の建設はもとより、石炭火力発電建設も増大していくであろうが、「永遠の相の下に」に眺めてみれば、原発が次第に優勢となっていくと考えられる。原発回帰の今後の動向が注目される所以である。
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